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フランス14:ニーム(神殿他)

ニーム


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ニーム旧市街の北東にあるアウグストゥス門Porte Auguste

紀元前16〜15年に作られた城壁の門のひとつで両脇には塔があった。ニームは主要街道Via Domitiaにあるので城壁も城門も強固に作られたようだ。

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4つのアーチがあるが、真ん中の大きい2つは車両用、その横の小さい2つは歩行者用。

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メゾン・カレMaison Carrée

紀元前1世紀(5世紀説あり)に建てられた古代ローマ時代の神殿。コリント式の列柱上部に施された彫刻をはじめ、現存するローマ神殿のなかでは最も保存状態がよい(完全な状態で保存されている世界で唯一の古代神殿)。内部は美術館だったが現在はニームの歴史映画を流す博物館。

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アウグストゥスの孫で養子となったガイウス・カエサルとルキウス・カエサルに捧げられた。

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Carréeとは、四角形という意味。メゾン・カレ=四角い神殿を意味する。

神殿横広場で地元の名士が集まってコンサートをやっていたが、この時期特有の雷雨が突然襲い、逃げ惑っていた(苦笑)


城塞

とてつもなく高い塀。

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城塞内は現在ニーム大学の校内。

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ちょっとした集水場があります。

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遺跡ではないが・・・

マルシェ広場 Pl. du Marcé の泉にある「ヤシの木に鎖でつながれてるワニ」

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紀元前30年、古代ローマ帝国がプトレマイオス朝エジプトの併合を果たす。ナイルのワニはエジプトの象徴で、エジプトを征服したという証。貢献した軍高官はニームを領土として与えられ、ヤシに繋がれたワニの図柄の通貨を発行した事に由来しているらしい。

市庁舎の扉には、ヤシの木に勝者を表すオリーブの冠がかかり、COL NEM(ネマウスス植民都市)の文字がある。

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現在の市章

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ニームに宿泊する客は少ないようで、ホテルも多くないしレストランも少ない。電車で30分もあれば行けてしまうアヴィニョンを起点に周遊するみたい。

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フランス13:ニーム(ローマ円形競技場)

南仏ニームNîmes


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紀元前1〜5世紀に建てられた円形闘技場、メゾン・カレ(神殿)など、ガリア=ローマ時代の遺跡が数多く残り、その保存状態もきわめて良好。

ニームは紀元前118年に建設されたドミティア街道(イタリアからスペインに至るローマ街道)でに位置する。街の名前は、ローマ人の村にあった泉ネマウスス Nemausus に由来する。

ニームは6kmにも渡る14の塔で増強された環状の城壁を築き、3世紀末まで繁栄したが、4〜5世紀はアルルの方が繁栄した。以後、外国からの侵略と敗退、弾圧や身内同士の殺戮の時代が17世紀半ばまで続く。

中世の頃から織物産業が盛んになり、その技術は開拓時代のアメリカへ渡る。商品化されたのがデニム(ジーンズ)。de Nimes(ニームの)からデニムと呼ばれた。




ローマ円形競技場Arenes

ガロ・ローマ時代の紀元前1世紀末に建てられた。・・・ということになっているが、最近の研究では、90〜120年頃の建築とされている。

60以上のアーチが並ぶ2層のアーケード、高さ21mの屋上階から成り立っている。内部は34段の階段席で、身分により場所が決められていた。133×101mの規模はガリア・ローマ遺跡の中でも最大のもののひとつに数えられ(全体でみると中規模)、劇場内部には約2万3千人の観客を収容できた(現在でも2万人の収容が可能)。

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保存状態は世界トップクラス。

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ずっしりとした石積み。

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石積みの置き方がが少し装飾的。

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ニームの円形劇場は、他の地域(ローマ市内など)の煉瓦を多用した円形劇場と違い、総石積みで作っているので存在感がすごい!

13世紀にはこの競技場の中に町が作られていたそーです。

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フランス11:ルピュイアンヴレ(いろいろ)

ノートルダム・デュ・ピュイ大聖堂Cathédrale Notre-Dame du Puyの正面玄関から下ってみる。

城塞や大聖堂がある場所柄、ここいらは大きく古い建物が多い。レース編みの店が目立つ。この町は斜面があるところは道が細くて入り組んでいる。

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八百屋をのぞいてみた。

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スーパーマーケットでは・・・

ムール貝

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チーズの種類が豊富で安いんだな。
1つ高くても2.5ユーロくらい(専門店はもっと高いけどね)。

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極旨のバターも2ユーロ。
日本で同じものを輸入品を買えば1,800円!

はぁ〜


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フランス10:ルピュイアンヴレ(マリア像)

マリア像 Notre-Dame de France

死火山のコルネーユ山の山頂に、幼いキリストを抱いたマリア像が建つ。

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(絵はがき)

クリミア戦争のセバストポリ要塞陥落で奪ったロシア軍の大砲213門を融かして鋳造。1860年9月12日に奉献された。マリア像の高さは16m(台座を入れると22.7m)、マリアに踏み砕かれる蛇の長さは17m。マリア像の中から狭い螺旋階段を上れる。

登り口はノートルダム・デュ・ピュイ大聖堂裏にある。

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残念ながら・・・工事中。

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フランス9:ルピュイアンヴレ(ノートルダム大聖堂)

ノートルダム・デュ・ピュイ大聖堂Cathédrale Notre-Dame du Puy

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(尖塔から右端までが大聖堂。その下は城塞だったが現在はホテル)

※ル・ピュイLe Puy="丘"の意味。

モン・アニMont Anisの丘に建つロマネスク様式の大聖堂。聖堂内に「黒い聖母像」、聖堂背後に高さ16メートルのマリア像を頂くコルネイユ岩山がある。創建以来、(マリア信仰の)サンティアゴ‐デ‐コンポステラへの4本の主要巡礼路のひとつの出発地として知られ、世界遺産に登録されている。



正面扉口は西にあり、礼拝堂の中央部から階段を降りた下の階にある。


古代ガロ・ロマン時代、熱病に冒された貴婦人の前に聖母マリアが出現して「この石に座ると治る」といい、座ると治ったそうだ。その噂を聞きつけた人々の信仰を集め、マリアがここに聖堂を建てることを指示し、ここに教会が建てられた(そうだ)。

その地を含めた南フランスには先住ケルト人も住んでおり、キリスト教以前の土着宗教「ドルイド教」の聖域だった(こうしてシャルトルと共に、ここはもっとも古いマリア信仰の巡礼地になった)。

大聖堂は古代ローマ時代の大規模建築物(ガロ・ローマ時代神殿を含む)に建てられた。

まず415〜430年の間に(ローマの許可を得て)教会を建設。巡礼者が増え続けたため、火山岩だけでは足りなくなり、1〜3世紀の古代ローマ時代の神殿の石も使いながら、9世紀→11世紀→12世紀と少しずつ拡大。

11〜12世紀の拡張工事では17mの高低差を埋める為に、礼拝堂を西に拡張して、中央部に正面玄関に出る階段を作った(結果的に5層になった)。ちなみに12世紀の巡礼者数は約50万人だった。

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ペストが大流行した13世紀、ヨーロッパ中の人々がこの黒いマリアに救いを求めた。


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12世紀に出来たファサードは、地元産の白い砂岩/黒い角礫岩をモザイクに組み合わせてを交互に積み重ねたイスラーム風(イスラーム建築の影響を強く受けたスペイン風)。ロマネスク様式の彫刻はない。世界中にあるキリスト教の教会の中で「最も魅力的で美しい教会のひとつ」と称される。

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なんともデカイ!


正面入り口(12世紀に増築した部分)

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教会内に入っても階段を上り続ける・・・
(ただし階段は18世紀に壊され、1998年に再建されている)

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礼拝堂に入る・・・

黒いマリア(幼いキリストを抱いている)が祭壇の中央に鎮座している。

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(中央の柵で囲まれている穴=階段から上がってくる)


でかッ!


荘厳ですワ。
ほんと、スゴイ!


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パイプオルガンも立派!

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黒いマリア:フランス王ルイ9世 (1214〜1270) が7度目の十字軍帰還の際、寄進した。

主祭壇は18世紀の建築家Jean-Claude Portalの製作。基部は愛を象徴する鳥ペリカンを象っている。この主祭壇に黒いマリアが安置されている。

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(黒いマリア像;出身はサン・モーリス・デュ・ルフュージュ修道院=二代目)

カテドラルの説明では「葡萄作りの労働者の日焼けした顔色を模し、労働の尊さを示している」とあるが、「エジプトかエチオピアから持ってきた/コプト人かエチオピア人が信仰していた土俗的な地母神か女神イシス」や、「素材の杉が経年劣化で黒くなった」、「10世紀より前からあった」とか諸説色々。

ルイ9世は実際、アイユーブ朝のエジプトを攻撃している(負けて捕虜になり、占領地を全て放棄した上に莫大な身代金を支払って撤退。8度目の遠征チュニジアで死去。死後27年の1297年にカトリック教会により列聖された)。

宗教改革後は巡礼そのものが衰微したことにより、大巡礼地だったル・ピュイ・アン・ヴレも廃れた。

さらにフランス革命時(1794年)に革命軍によって、像の背に入れていた(由来が書いていたと思われる)丸めた羊皮紙文書と一緒に焼失する。

革命が終わると、ル・ピュイにあるサン・モーリス・デュ・ルフュージュ修道院の「黒いマリア像」を、ノートルダム・デュ・ピュイの主祭壇に安置した(現在に至る)。この二代目の像は1856年6月、教皇ピウス9世の代理であるル・ピュイ司教によってノートルダム・デュ・ピュイが戴冠された。

1860年に巨大なノートルダム・ド・フランスの像(マリア像)も建てられたことがきっかけに、ル・ピュイは再興する。ルーベンスの絵も飾られた。

聖金曜日が受胎告知の祝日と一致する年はル・ピュイ巡礼では特別な年とされた。20世紀では1910年/1921年/1932年、21世紀は2005年/2016年/2157年。

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(写真提供は左上のクレジットで/毎年8月14〜15日には聖母マリアの聖体行列 Procession de la Viergeが行われる)


熱病の石 la pierre des fièvres

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祭壇横には、寝ると病が治るla pierre des fièvres(熱病の石)という黒い岩盤もある(聖石信仰のドルイド教に由来とされる)。さわっても座っても寝てもOK!


正面の祭壇に向かって左にある、聖遺物を安置した礼拝堂は渋い。

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ここにも黒いマリア像がある(幼いキリストを抱いている)。

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正統派のキリスト教では黒は不吉な色/白が神聖な色とされる。さらに聖母子の像・絵画では、聖母マリアはイエスを右が左に抱き、中央には抱くことはない。だが黒いマリアは中央に子供(キリスト)を抱く。

黒いマリアは、「地母神/豊穣の女神」が、キリスト教の「無原罪の処女懐胎のマリア=聖母マリア」のイメージと融合してできたものが「黒い聖マリア」の像という説が一般的。先住ケルト人が住んでいた南フランスには黒いマリア像が多い。

純血と絶対服従を要求する唯一神信仰より、土着的な女神信仰(マリア信仰)を信じて敬った。毎年8月14〜15日には聖母マリアの聖体行列 Procession de la Viergeが行われる。ちなみに15日は聖母マリアの昇天した日。


修道院

ノートルダム・デュ・ピュイ大聖堂の修道院には有名な回廊があるが、拝観時間を過ぎていたので締まっていた(残念)。

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この出入り口から、巨大なマリア像に行く。

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主祭壇脇には木製の聖ヤコブ像があり、ここで毎朝、聖地サンチャゴへ旅立つ巡礼者達のためにミサが行われている。サンティアゴ巡礼の出発点はプロット広場。ここにはサンティアゴ巡礼路を示すプレートがある。

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フランス8:ルピュイアンヴレ(岩山の礼拝堂3)

絵はがきのLe Puy en Velay

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ボーヌ川からみたサン・ミシェル・デグイル Saint Michel d'Aiguilhe

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962年7月18日に落成した礼拝堂。フランス人司教Gothescalkが950年に約1年間をかけて(フランス人初の)サンチアゴ・デ・コンポステラに巡礼を行い、聖ミカエル(サン=ミシェル)に捧げる礼拝堂をこのAiguilheにある火山尖に建てたとか。ただしそれ以前より聖なる場所だったようだ。


登り口。

季節によって変則的だが、概ね9:00〜9:30より17:00〜18:30
冬期(11/16〜1/31は積雪などにより入山不可)
3ユーロ

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階段は268段。
そんなにきつくはない。

山の左側斜面にジグザグの階段がある。

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岩に様々な小植物が自生している。

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山頂の礼拝堂が見えてきて・・・

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礼拝堂に到着!

歴史建造物総視察官プロスペル・メリメの言葉「この眺めは建築術の傑作の一つだ」。

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イスラム美術の影響を受けたファサード。聖書の創世記と聖ヨハネの黙示録からの図柄だが、モザイクがあるのが特徴。

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礼拝堂の中はギリシア正教の教会(ビザンチン風)のよう。

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ギリシャの古代神殿のような列柱。ただし岩が非常に硬いので彫刻はしにくかったようで、細密ではない。

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フレスコ画は10〜12世紀に描かれたもので、18世紀までは厚い漆喰に隠されていたらしい(イスラーム勢力からの保護)。絵は何層ものロウを塗り、その上に描かれている。

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栄光のキリストを中心に、太陽・月・セラフィム・聖ミカエル、4つの福音書を現している。

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12人の使徒、天使、聖人。窓の右は天国(聖ミカエルに導かれた選ばれた人達の魂が住んでいる場所)、左は天の下の地獄(醜悪な動物に地獄へ落とされる光景)。

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この小さい礼拝堂では小さな音で賛美歌が流れていて、なんとも心地よい。床に座ると底に落ち込んでいく感覚にとらわれる。

1955年に祭壇を修復したら、柱の土台からキリスト磔の十字架(木製)が出てきた。10世紀頃のスペインのものとか。ノートルダム大聖堂にレプリカ(土産)があったのでパチリ撮影。

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実はフランス人司教Gothescalkが「サンティアゴ巡礼の際持ち帰った聖遺物をそこに納めるための教会だった」、とも言われている。


礼拝堂の周囲を回ってみる。

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マリア像と大聖堂がよく見える。

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これは礼拝堂ね。
(真下から見上げてみた)

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念願叶ったり!


次はノートルダム・デュ・ピュイ大聖堂に行ってみる。

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フランス7:ルピュイアンヴレ(岩山の礼拝堂2)

ル・ピュイ・アン・ヴレ駅Le Puy-en-Velayからの景色。

左にノートルダム・デュピュイ大聖堂Notre Dame du Puy、右にマリア像。

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(岩山の礼拝堂は裏にあるので見えない)

旧市街はフランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路。円錐状の死火山(標高約100m;コルネーユ山)の山麓〜山腹に、世界遺産に登録されているノートルダム・デュピュイ大聖堂やサン=ジャック施療院、山頂には巨大なマリア像などが建つ。


駅から5分の旧市街入り口にあるホテルを取ったので、まずチェックイン。1泊65ユーロ(朝食付き)。

目的地の岩山の礼拝堂;サン・ミシェル・デグイル Saint Michel d'Aiguilhe はエギュイル地区にあり、大聖堂とは別の火山岩尖なので、旧市街の山麓の周回道路(グルヌイ通り/バヌサック通り)を歩く。

旧市街はボロくてカラフル。
生活臭がムンムンしていてイイ!

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大きな地図で見る
(黄色の通り=城壁跡の1本内側の通りを歩く)

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(かつての城門付近)

大聖堂は円錐状の死火山の山腹に建造されているので、とても目立つ。

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(大聖堂の正面)

円錐状の死火山の山頂に建つマリア像も目立つ。

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てくてくと30分も歩くと・・・

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(標高82mの火山岩尖)

おお〜!
ついに来たよ〜




岩山の礼拝堂;サン・ミシェル・デグイルに登る入り口にある小さな教会。巡礼者にとっては重要な教会のひとつらしく礼拝者が絶えない。

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岩山の礼拝堂;サン・ミシェル・デグイルに登りマス!


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フランス6:ルピュイアンヴレ(岩山の礼拝堂1)

ル・ピュイ・アン・ヴレ Le Puy-en-Velay

サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路の開始点の一つ。1000年以上の歴史をもつ司教座都市。中世におけるこの地方の文化の中心。ル・ピュイLe Puyとは"丘"の意味。

実はこの写真を見て・・・

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単独の岩山の上に立つ礼拝堂(寺院/修道院)に萌え〜の私は・・・


あーー行きたいッ!


・・・と強く思っていた。


独立した岩山にある礼拝堂(寺院/修道院)では、過去に・・・

ギリシアのメテオラ Μετέωρα のアギア・トリアダ修道院

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(ギリシア正教)

ビルマのマウントポッパ

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(ナッ信仰)


・・・・には行った。


残るはフランスのルピュイアンヴレのみ!

フランスには何度も行くことはあっても、乗り継ぎ(で、パリ1〜2泊)とか、別の地域を優先したりとか、でなかなか行けなかった。今回は会議が偶然にもヴィシーということでまあまあ近い。


チャンス到来!

(つづく)
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フランス5:クレルモン・フェラン

ヴィシーでの(不毛な)会議が終了。

次の会場は週明けからスペインはバルセロナ。

週末に移動しなければならない。
週末なので休暇でもある。
行きたいところ経由で行けば良い。

ってなわけで、ル・ピュイ・アン・ヴレイ Le Puy-en-Velay とニーム Nimes に行くことにした(各1泊)。

ル・ピュイ・アン・ヴレイに行くためには、まずこの地方の最大の都市(オーヴェルニュ地域圏の首府)クレルモン・フェラン Clermont-Ferrand に出なければならない(交通の要所)。普通電車で30分だ。


大きな地図で見る

クレルモン・フェランのすぐそばにはla Chaine des puys(火山地帯:休火山)がある。クレルモン・フェランから約21km離れた所に(火山地帯に位置する)、名水で有名なヴォルヴィックがある。

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(車窓より)

地方間移動で列車の乗り継ぎが悪い。
そのため3時間ほどこの町にいなくてはならなくなった。
よって急ぎ足で観光!


クレルモン・フェラン旧市街から「ピュイ・ド・ドーム」と呼ばれる大きな休火山が見える。標高1,464m。古代ローマ時代にローマ人が作ったハイキングコースも残っているそうな。

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(建物の間に見えるのがピュイ・ド・ドーム;町から約13km離れている)


なわけで、クレルモン・フェランの家や大きな建物は、黒づんだ火山の石で作られているため、町がどことなく黒い。

かなり歴史のある町で古代ローマ時代から始まる。キリスト教か認められた4世紀には司教座がおかれた。1095年にローマ教皇ウルバヌス2世が教会会議を開き、(エルサレムへの巡礼の保護を名目とした)第1回十字軍の結成を呼びかけた場所。

科学者ブレーズ・パスカル(1623〜1662年)、タイヤのミシュランの出生地である。そのためか近郊のシャレード・サーキットでは、F1フランスGPが4度開催された。


駅から北西へ約1.5kmのダラダラとした坂を登っていく。クレルモン・フェランの旧市街(大聖堂やバジリカ聖堂、市庁舎がある場所)は小高い丘にある。

ノートルダム=デュ=ポール寺院

フランス北部からスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路上の都市のひとつになり、ノートルダム=デュ=ポール寺院は巡礼の対象となる(世界遺産)。

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12世紀建造のオーヴェルニュ・ロマネスク建築。

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地下礼拝堂には「黒い聖母像」があり、熱い信仰を集めている。


ノートルダム=デュ=ポール寺院から市庁舎に抜ける道のひとつが、「パスカルの道」Rue Pascal という小道。ここにあったパスカルの生家は今は立て替えられている。

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(旧市街は16〜18世紀の建物が多い)

パスカルの道

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市庁舎も火山の石を使っているので黒い。

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ノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂

1248年から建築が始まり、19世紀に完成したドデカい教会。

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ステンドグラスが素晴らしい!

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「足を洗うキリスト」

ノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂の正門前の坂を100mほど下ったところの、一見、何の変哲もない建物に「足を洗うキリスト」が彫刻されている。

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有名らしいので撮ってみた。

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タイヤのミシュランの創始者であるエドゥアール・ミシュランÉdouard Michelin(1859〜1940)は、クレルモン・フェラン出身。本社もこの町にある。本社敷地内にはミシュラン博物館もあるらしい。

ノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂横には、エスパス・ミシュラン(ミシュラン・ショップ)があるので行ってみた。

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グルメガイドのミシュランガイド、ミシュランの地図、ミシュランの旅行ガイド本も扱っていたが、全てフランス語だった。

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グッズはどれも高いw
Tシャツなど衣服系の種類も乏しくやる気はない(ようだ)。


時間が来たのでル・ピュイ・アン・ヴレイに向かう。
ここは中世の巡礼の拠点になった町。


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普通列車とバスを乗り継いで、約2時間半の旅。。。


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ジャンル : 旅行

フランス2:ヴィシー

ヴィシー(Vichy/オック語:Vichèi)はフランス中央山塊オーヴェルニュ地域圏にある著名な温泉保養地。

腎臓結石に苦しんでいたナポレオン3世の治世時、温泉保養地として再開発(1861年〜1866年)される。ベル・エポック時代(19世紀末から第一次世界大戦勃発まで)に大規模な開発・整備が行われた。


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ヴィシー政権(1940〜1944年)

第二次大戦中の1940年6月22日、パリ陥落(6月14日)で独仏休戦協定が締結(二日後にはイタリアに降伏)。

抗戦派レノー政権(アルベール・ルブラン大統領)に代わって和平派が政権を握り、副首相を兼務していたペタン元帥を首相とした第三共和政臨時政府(暫定首都はボルドー)を発足して、フランスは南北に分割される(北部はドイツの占領下、南部はニース周辺をイタリアに割譲、その他の地域は自由地帯Zone libreとしてフランスが無制限に主権を行使)。

1940年(昭和15年)7月1日、ヴィシーのオペラハウスで、国会議員による「フランス第三共和政(1870年以降のフランス)終了」の投票が行われ、600人中反対80人で可決、(通称)ヴィシー政権が成立。新憲法制定までの憲法的法律Actes constitutionnelsを制定。フランス国 État français の名前でヴィシーが首都になった。英国以外の主立った国が承認した。
※1942年4月の政権へのドイツ介入以降、ソ連や連合国は外交関係を断絶する。

フランス国主席 chef de l'Etat français &首相にペタン元帥、副首相には弁護士のピエール・ラヴァルが就任(実務はラヴァルが大半を担った)。大統領制は廃止された(ことになっている)。
※政権の4年間で憲法制定のための国民会議は一度も招集されなかった。

レノー政権の国務次官(でペタンの部下だった)シャルル・ド・ゴール准将はロンドンに亡命し、「自由フランス」を結成した。

ヴィシー政権はフランスが戦場になるのを回避/中立の立場を優先した(第一次世界大戦による疲弊に懲りて、戦争などまっぴらご免と早々にナチスドイツに降伏。国民はドイツを積極的に支持というより、「もう戦争など嫌だ」という一念で支持した)。一方、ドイツはフランスを自国の領土する気は無く、ヴィシー政権と一緒に英国と講和しようと考えた。

ヴィシー政権は、カトリック(キリスト教)の考え方を支柱とした「土地に帰れ」のナショナリズムに依拠する「国民革命/新秩序」を推し進めた。それは議会制民主主義を否定、純血主義を強めて伝統的徒に回帰=外国人(他宗教徒等)と反体制派を排除することだった。「労働・家族・祖国;Travail, Famille, Patrie」が標語になり、フランス革命(1789年)を否定した。

「ナショナリズムに反する」として(政府の許可無く1940年5月20日から6月30日の間に)フランスを離れた全てのフランス人の国籍・その財産を没収する法律を制定。排除の対象はユダヤ人、帰化人、反体制派(共産主義、フリーメイソンなど)。16歳以上の国民に「フランス人身分証」を義務づける。

1940年10月に「反ユダヤ法」が制定され、これは海外領土も適用された。フランス国籍のユダヤ人は強制収容所には送らなかったが外国籍のユダヤ人(推定86,000人)は送った。

1942年4月18日、一度退いた首相の座に(ドイツの後押しもあって)親独派ラヴァルが返り咲く。ラヴァルの要求で、国家元首と首相の役割が明確化され、首相には強い独裁権力が認められた。国民革命派・反独的な閣僚は更迭されペタンはフランス国主席専任となり、事実上引退状態となる。以後、ヴィシー政権は「誠実な(苛烈な)対独協力政策」を行うドイツの傀儡政権になった。

ドイツからは連合軍へ宣戦を求める動きが強まったが、これは拒否した。

しかし「誠実な対独協政策」は変わらず。1942年11月8日に連合軍が仏領アルジェリアに上陸したのを機に、自由地帯全域は事実上、ドイツに支配された。だがドイツの占領経費はフランスが支払い、まもなく地中海沿岸の防備費用も追加される。

べらぼうな固定レートで自由地帯や海外領土から買い付けを増大させた。ドイツのフランスに対する清算債務は、1944年8月末には約1,633億フランと膨大になった(国家予算は1,420億フラン)。また大量のフランス人の労働者を安価に提供した(ドイツ国内の工場で労働に従事)。

1940年9月からの配給制度も配給量は激減、インフレ率は高く、生活は困窮したが、多くのフランス国民は消極的にヴィシー政権を容認した。

ヴィシー政権のペダン(主席)は親独派ラヴァルの後継者指定を取り消し、第三共和制議会を復活させようと憲法案を制定したところ、逆にドイツの更なる介入を受ける。「顧問」を送り込まれ入閣を強要され、ドイツの支配は強まった。ペダンはドイツの監視下に置かれた。

ヴィシー政権の崩壊は、1944年6月の連合軍によるノルマンディー上陸から始まった。ドイツが負け始めると、フランス国内でもレジスタンス運動が本格的に始まる。ヴィシー政権の主席ペダンは、シャルル・ド・ゴール率いるフランス共和国臨時政府に政権を譲ることを画策したが拒否されて終わった。

ペダン主席やラヴァル首相ら閣僚は逮捕される。ヴィシー政権によって任命された裁判官による裁判が行われ(一審制)であり、親独派のラヴァル首相は死刑(銃殺刑:62歳)、ペタンは高齢を理由に死刑から無期禁固刑に減刑(流刑先で死去:95歳!)。訴追人数は10万人、2071人に死刑判決が下ったが1303名が減刑された。

なおフランス第三共和制第15代大統領アルベール・ルブランは、公式には1932〜1944年まで大統領の座に居続けていることになっている(フランス解放後にシャルル・ド・ゴールと会見し、大統領を正式に辞す)。


現代のフランスでのヴィシー政権の評価

《肯定派》ドイツの傀儡政権になる事で、フランスが戦場になるのを回避し、ある程度国民を守る事が出来た。シラクはユダヤ人問題はある程度の関与を認めている。

《否定派》あくまでも非合法政権。ド・ゴール率いる亡命政権こそフランスの全て。ド・ゴールはユダヤ人問題は非合法政権がやったことで「フランスには責任がない」と言い切る。



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(オペラハウス Palais des congrès Opera)

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(裏側)

豊富な水資源(と温泉)、超近代的な電話交換機や多くのホテルや別荘、大規模建築物(オペラハウスなど)があったことから選ばれた。特に電話交換機は重要で、これで世界各国との連絡ができた。

現在は温泉保養とは別に、短期語学留学の学生で賑わっている(インフラが充実しているわりには物価が安いのが魅力らしい)。


ヴィシーの町並み

道路の両脇には「ヴィシーウォーター」のセレスタン(源泉)が出る蛇口が多数アリ。

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(公園近くの繁華街)

スルス(源泉)公園周辺は、高級なアパートメントが建ち並ぶ。

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一歩入ると渋い住居が所々に残る。

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(フランス国旗の他、ベルギー国旗も掲揚されているので、その筋の軍人か?)


アエリ川を南に歩くと古めかしい豪邸が多くなる。金持ちはCélestins(ヴィシー・ウォーター)が湧く源泉近くに集まっていたようだ。

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温泉保養地=湯けむり…とはいかない。
ま、面白味に欠けるというか観光地ではない…かな。

この町に3日間もいた・・・
(会議で)


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プランス1;パリ・リヨン駅→ヴィシーへ

羽田空港発00:40→パリCDG06:20着、便利なJAL機の搭乗した。

我が職場も欧州経済危機で危機感が少し芽生えたか、今までフツーにCクラス指定だったけど、Pクラスに格下げ。Pクラスはプレミアム・エコノミーと呼ばれ、YクラスとCクラスの中間みたいな設定。席はCクラスに類似するけど食事はYクラスと同じ。食事が素晴らしくても運動不足で更に太るもん。Pクラスは使い勝手がイイ。

CDGからバスに乗り、まずパリ市内南東部にあるリヨン駅に行く。CDGは相変わらず表示がわかりにくく、常に何処かが工事中。今回はバス停(2Eと2Fを結ぶ廊下)が工事中。細かなゴミは散乱しいているし、「あーフランスに来たなぁ〜」って気になる(苦笑)

行き先は中央山塊にある温泉の町 Vichy ヴィシー 。第二次世界大戦中には親独「ヴィシー政権」が首都を置いていたところ。


Gare de Lyon リヨン駅。パリから南東方面への列車のターミナル。食で有名な大きな都市リヨンにはリヨン駅という名前の駅はない(ペラーシュ駅またはパール・デュ駅)。

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(3代目の駅舎は1900年のパリ万博に併せて完成)

駅構内は頭端式ホーム(どん詰まり)。セーヌ川の氾濫に備えて約10mの盛り土をした上に建てられた駅舎と線路がある。頭端を駅舎に接するホームは12線、TGVの離発着もあり。かつては夜行列車カレー・地中海急行(青列車)が Calais/Paris(Gare de Lyon)〜Ventimiglia が通っていた。

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駅舎の1階(日本で言う2階)にベル・エポック調の装飾で有名な Le Train Bleu がある(ブルー・トレインという意味。1901年創業時はリヨン駅食堂=Buffet de la Gare de Lyon)。歴史的建造物に指定されている。

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映画「ニキータ」にも登場しているそうだ。

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貴族?
成金趣味?

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(フレスコ画は41点)

お値段の方は見たまんま通り、高いです…オニオングラタンスープで19ユーロ!

しかも評価は「料理はマズい。芸術的にマズイ。味がナイ」とか(苦笑)。映画ニキータでは、ニキータが誕生日に連れていかれたレストランがル・トラン・ブルー。その当時は旨かったのか?

地元民はバーカウンターやカフェブースでコーヒーを飲むくらい。(写真撮影から1時間後にみたら)食事客は観光客が圧倒的に多かった。


ヴィシーなど Massif Central 地方行きの列車は、リヨン駅から南東に約1km離れたベルシー駅から出る。

地方間の都市を結ぶ新型長距離列車(特急)は色使いがすごい。異なる色調の車両が18両ほど連結されている。

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穀倉地帯の Belleville にさしかかると、運転中の原発が近くに見える。炉型はPWRで1,300MWが2基の中型原発。ロワール川が近くに流れる。

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ヴィシー駅到着。

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(左の旧駅は現在はレストラン)

約3時間弱の快適な旅だった。


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マドリッドで食い倒れちぅ3

マドリッドのBarの〆は、鱈の専門店《Casa Labra》
http://www.casalabra.es

1860年創業の老舗のバル・レストランの客は地元度が高い。

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入り口右のカウンターでTapas(鱈フリッター/鱈コロッケ/ツナの酢漬け)を買う。肴は3種類しかない。軽食としてサンドイッチのようなものが数種類ある。

肴はカウンターに各々が山積みになっているので指さしでOK。いづれも1つ2ユーロ弱。飲み物は奥のカウンターで注文するか、ホール内にいるcamarero(ウェイター)にもオーダー可。

"Soldaditos de pavía"(鱈のフライ)、"Croquetas de Bacalao"(鱈のコロッケ)

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揚げたてのフリッターやコロッケは実に旨いっ!
塩加減が絶妙なんですわ〜♪

カウンターか壁際、もしくは外の席もあるが基本は立ち飲み(飲み物カウンターの奥に小部屋は座れるが席数は少ない)。誰も長居をせず、サクッと食べて飲んで店をでる。

隣のレストランでは、Menú del día(昼定食)の他、Callos(スペイン風モツ煮込み)やSolomillo(牛サーロイン)、Pimientos verdes asados(緑ピーマンの焼き物)などが食べられるらしい。いつも満席なので要予約とのこと。


※かしこまったレストランでも食事をしているけど、料理の写真を撮影できる雰囲気ではないので割愛しています。


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テーマ : グルメ♪食の記録
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マドリッドで食い倒れちぅ2

マッシュルームの専門バルに行った。

場所はマヨール広場の西側の建物の1階(広場側は2階)。斜め前にサンミゲル市場がある下町です。ここは昔ながらのレストランや軽食屋、バルがあるところ。

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店の名前は《メソン・デル・チャンピニョン》

1階は倉庫のような洞窟のようなつくりになっている。

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店に入るとカウンターにはマッシュルームと獅子唐が・・・

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注文が入ると鉄板焼きにする。

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これが看板料理「チャンピニョン・ア・ラ・プランチャ」

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スペインはアルバーセ産マッシュルームに、チョリソ+イタリアンパセリ+塩+小量のレモン汁+オリーブ油。これを鉄板焼きにしただけのもの。

なんと申しますか、最高の味!でした。

ワインにもビールにも合う。
こーーんな美味しいマッシュルームは初めて☆

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獅子唐の素焼き、オリーブ油+塩も美味しいの〜


ああ、幸せ★⌒ヾ( ̄ε ̄ヾ)

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テーマ : グルメ♪食の記録
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マドリッドのクリスマス

不況になって流行るもの。

宝くじ

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(Loteria=宝くじ売り場)

スペインではクリスマス前に El Gordo(大当たりの意味)というクリスマス宝くじが発売される。意賞金総額が売上金の70%(還元)と世界でもっとも効率のいい一攫千金くじ(多くの人に賞金を分配する)。日本と同じく「当選確率の高い」売り場は長蛇の列。

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1等~6等とその前後賞、トップ3の当選番号に部分的に一致するだけで当選金が当たるもの、などなど。

1等:40万ユーロ
(10枚一組なので総額400万ユーロ)

0から99,999の範囲のチケット番号がある。

10枚一組から成り、一枚をデシモと呼ぶ。10枚は同じ数字の組なので、一つの賞につき10枚の当選が出る。同じ番号ごとに10枚つづりのシートが195枚(195通り)売りだされるため、同じ番号が最大で195枚(195人)存在する仕組み。

更に1〜3等の当たり番号は1つだが、4〜6等は2つ以上になる。税金は差し引かれることなく当選金全額を一括で受け取れる。1枚のチケットで最高7回も当たる美味しいくじ。

最小購入単位は1チケットの10分の1に当たるデシモで20ユーロ。全て買う(10枚=10デシモ)と200ユーロにもなるので、数人が金を出し合って買うことが一般的。

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2010年の宝くじ売上高は27億ユーロ(約2,700億円)。今年の総売上高は36億ユーロ(約3,600億円)で、このうち総当選金額は25億ユーロ(約2500億円)の見込み。国民一人当たりにすると71ユーロ(3,5枚分)購入の換算だが、ラ・リオハ州では一人当たり106ユーロ(5枚分)購入と予想されている。

この1年、宝くじを買うために節約してきた人も多い。中には年金を注ぎ込む人もいる。購入者は成人の9割にもなるらしい。毎年12月22日12時より、スペイン・ロッタリー会場(マドリッド)での抽選は3時間以上行われる。当たった人たちが cava(シャンパン)で乾杯するそうな。

※財政健全化に向けた取り組みの一環で、政府保有の宝くじ事業(Loterías y Apuestas del Estado)の30%を売却する方針。

追記:宝くじの当選番号が発表。1等当選番号のついたくじ券1,800枚が、全て北東部の町アラゴン州グラニェン(人口約二千人)で発売されたことがわかった(賞金7億2千万ユーロ)。当たりくじ券を1カ所でまとめて売ったことが原因とみられる。




マドリッド市内中心部のクリスマスの飾り付け。

プエルタ・デ・ソル

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暗くなるとライトアップ!

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電飾ツリーの中に入れる。

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マドリッドではホテルでこそ、大きなツリーがあるが、一般商店やレストランではクリスマスさを感じるのは皆無。ドイツやアメリカ東海岸と違い、町内会がその通りの上にLEDに頼った電飾をするくらい。

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マヨール広場はクリスマス屋台が出るが、実にチープなものしか売っていない。

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ビル全体を電飾することも少ない。
(フツーにビルを照らす程度)

エル・コルテ・イングレスという大型デパートチェーンで目をひく電飾をみるくらい。高級ブティックが集まるサラマンカ地区が1番華やかだけど、やっぱショボい・・・吉祥寺の方が派手だし精密だったりする。

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メキシコ移民と思われる人々が、サンタやミッキーマウスなどの縫いぐるみを着て、クリスマス用の帽子やグッズを売り歩くが、売れ行きはイマイチ・・・・宝くじの当選次第か?

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クリスマス前後に行くならドイツだな〜

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テーマ : ヨーロッパ旅行
ジャンル : 旅行

マドリードで食い倒れちぅ1

可愛い娘と息子と婿殿を置いて、ハハは(出張)でスペインはマドリードにいます。彼等の世話はチチ(オット)がやっております・・・

スペインといえばBar(=バル)巡りですね。
酒飲みにはたまらない国でありますよ。

スペインの昼食時間は14時からなので、ちょっと(こそ〜り)抜け出して2軒ばかりハシゴしました。いづれも数年前に行って、その味にえらく勘当した老舗のバルです〜

まずは、イベリコ豚の生ハムを食べようと向かったのが《ムセオ・デル・ハモン》。マドリッド市内に数店舗ある生ハム専門のバルです。

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じゃーーーーん。

ハモン・イベリコ・デ・ショータ。
イベリコ豚の生ハム(ハモン・セラーノ)です。

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1皿15ユーロもするけど旨さ格別。
甘味、脂のとろけ具合、深い旨味・・・サイコーですワ。

店内はこんな感じ。
肉屋の立ち飲み屋って雰囲気ですね。

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肉屋なんで各種加工肉を売ってまして、地元客も結構買っています。

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次に行ったのが、ここから近い、渋い佇まいの海老の専門バル《ラ・カーサ・デル・アプエロ》。

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ここの名物料理は殻付き海老の鉄板焼き&海老のガーリックオイル煮。

ガンバス・アル・アヒーリョ
(海老のガーリックオイル煮)

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潰したガーリック片にオリーブオイル、塩、刻んだ小量のバジルとセロリのみながら、どうしてどうして奥深くて実に旨い!強火がいいのでしょうね。。

このバルは玄関先で調理します。

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店の名前は「おじいさんの家」なのに、料理人は今時のネーチャンとニーチャン(笑)


こちらは会議中に出た茶のつまみ。

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「ワインを下さい〜」


明日(というか今日の夜)はこの下町バル街を攻めてみます。

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Hasta luego!
(またあとで)

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ダボス会議のダボスに行った

ブログの記事が飛びます(軍艦島はのちほど)。

ダボス会議のダボスの写真を探す用事があったので、ついでに今夏に行ったスイスはダボスの写真もこのブログに。


大きな地図で見る


ダボス会議とは、スイスはジュネーヴに本部を置く非営利財団の世界経済フォーラム"World Economic Forum"が、毎年1月末にスイスはダボスで開催される年次総会をさす(会期は5日間)。

出席者は世界経済フォーラムの会員企業約1,000社のCEOらが半分、残りは選ばれた政治家・学者やNGO・宗教指導者・メディアの代表者約500名など、約2,200名に上る参加者が一堂に会する(年次総会へは招待者のみが参加できる)。

パネリストはユダヤ人が多い。実質的な政治経済政策はこのダボス会議で行われるため、影のサミットとも呼ばれる。

この会議に呼ばれそうもないので自分で行ってみた。


ダボスへは(スイス)ツェルマットから氷河特急に乗って行った。サンモリッツ駅行きはかなり混んでいたが、ダボス行きは閑古鳥・・・

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ダボス駅はショボかった。
金持ちは列車は使わないか・・・w

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ダボスの町の中心地は線路の北側で、線路と平行して細長く伸びている(プラッツ→ドルフ)。通る車は高そうなやつが目立つ。


大きな地図で見る

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カジノがあったり・・・

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ブランド物の時計屋が目立つし・・・

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駅から約1km離れた会議場近くに行けば、山腹を中心に金持ちの別荘群があったり・・・

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なるほど。金持ちはホテルには泊まらず、ケータリングなどはホテルに頼むのね。


ダボスはスイス南西部Graubünden州にある基礎自治体。結核患者のサナトリウム、ヨーロッパ最大の天然スケート場、スキー場がある。人口は約13,000人ほど。



ダボスは18世紀半ばより金持ちと病人に人気が高い。特にドイツ語圏の人々の間で人気が高く、ドイツ系居留者は1933年以降、全住民の4分の1にもなっていた。ドイツでナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)が台頭すると、ダボスにある多くのサナトリウムを買収、不動産を買い漁った。

スイスは第2次世界大戦中でも永世中立国として“中立”を保っていたため、ドイツとイタリアの関係も良好なままだった。ドイツ人も医者の診断書(証明書)があればスイスに入国できた。ダボスにはナチスの支部もあった。


ダボス会議の会場。

山側から見たところ。

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谷側から見たところ。

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意外と質素な建物。


ダボスの町で目立つのがユダヤ人。そういえば世界経済フォーラムは、ドイツ生まれのユダヤ人のシュワブ博士が設立した公益財団だった。

第二次世界大戦中、スイスは永世中立国ではあったが、実はスイス政府と経済産業界はナチスに協力しており、スイスの諸銀行はナチスの資産の隠し場所となった(セーフヘイブン報告書より)。

戦争が始まった頃には受け入れていたユダヤ難民も拒絶し、以降、スイスの国境警備官は少なくとも2万4000人の難民を追い返したことがわかっている。フランスからポーランド方面行きの列車でアウツシュビッツ強制収容所に送られるケースが多かったようだ。

戦争中に流行ったジョーク「スイス人は週に6日間ナチスドイツのために働き、残りの1日はイギリスの勝利を祈る」



戦争末期になると、教会や人道支援団体によってユダヤ人難民も受け入れるようになり、一部はダボスに滞在している。今もそのままダボスに住んでいるユダヤ人難民は少なくない。スイスは計約30万人のユダヤ人を庇護したとされる(2002年:スイス独立専門委員会 ICE より公表された報告書より)。

参考文献:http://www.uek.ch/en/index.htm


現在、ダボスに住むユダヤ人は、ドイツ語圏や東欧諸国などに定住した人々とその子孫(アシュケナージム、Ashkenazim)とのこと。

使用言語はイディッシュ語(Jiddisch / Yiddish)。イディッシュ語にはウクライナ方言・リトアニア方言・ポーランド方言・ドイツ方言があるが、スイスに住むユダヤ人のほとんどは、ドイツ語方言(標準ドイツ語の変型)を使う。

中高年を中心にオーソドックスの伝統衣装を着ている人が目立つ。ただし揉み上げを伸ばすスタイル(ペール)ではないため、正統派(ザムゾン・ラーファエル・ヒルシュ)ではなく、ドイツでよくみられた伝統派(マーソルティー)のようだ。

下の写真の男性は頭部に小さな帽子(キッパ)を乗せたスタイル。ユダヤ教の男性は、神の前に出る時は頭を隠さなければならないため、頭頂を隠すためこれを被る。正統派はさらに山高帽っぽい帽子を被る。

なおキッパはキッパの色はその人の宗教度を表す。キッパを被らない人は宗教依存度が低く、白だとマアマア、黒だと熱心な信者。なお葬式では必ず黒のキッパを被る。

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ドーナツ状の毛の帽子を被ったご老人。
よく見ると黒のキッパを被っている。

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ユダヤ教の伝統派の女性の服装。

伝統派の女性は、セミロングかロング三つ編み、地味なブラウスに黒い膝丈のスカート・黒い靴。既婚女性は頭髪を剃ったり短髪にしてスカーフで隠すが、これは正統派の女性が主流(厳格な家長がいる場合はやるようで)。

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ダボスはなかなか興味深い所だった。


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テーマ : スイス
ジャンル : 海外情報

長い待ち時間

ANAラウンジでマタ〜リ中。

偶然にもオットと出張日が同じで、更に搭乗する航空会社も一緒だったので、早くに出発するオットと共に成田空港へGO・・したけど。

いくら飲み放題・食べ放題のラウンジと言えども、(外国の航空会社のような良い酒のラインナップもなく、食事もいまいちなので)3時間強の待ちは・・・既に飽きた・・・・

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そして酔っぱらい・・・





おお〜っと!





ようやく搭乗案内が始まった。

でば、行ってきま〜す★⌒ヾ( ̄ε ̄ヾ)


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プリトヴィッツェ湖群国立公園

今日はユーゴ紛争の激戦地であり、第二次世界大戦時にはパルチザンの活動拠点だったプリトヴィッツェに遠征してきた。ザグレブからバスで2時間ちょい。

秋の紅葉のプリトヴィッツェはどんな感じかな〜って思って。

P1080681.jpg

うーーむ、中欧の紅葉でスゲーっという思いはないが、ここでも同じく。赤くなる葉の木がとても少ないし、黄色くなる葉もちょっと黄色っぽくなったら枯れるか、緑→枯れるか‥なんだな。やっぱ日本とカナダ東部の紅葉がいいな。

紅葉で期待値が大きかっただけにガッカリなのに、水量が少ない。

多くの(小さな)滝は消えているし、小さい池というか湖も枯渇ちぅ。プリトヴィッツェ湖群は上流に行くと白糸の滝+湖(池)の連続技になるが、どちらも見るも無惨w

P1080629.jpg

プリトヴィッツェ湖群は、水量豊富で新緑美しい3月〜4月がいい。
または滝が氷結する真冬ね。

以上、ホーコク終わり。


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脱国しています

事後報告ですが、先週から脱国しています。
今度は遊びではなく出張・・・

最初の渡航先はスイスで某所で実り薄い会議w

P1080234.jpg

白鳥のうんたんって巨大なんですねー。
なんか象のうんたんを超小さくしたようなやつ。
とても鳥から出たとは思えない立派っぷり・・・

うちのオカメインコのハルオちゃんのような「遊んで遊んで〜」なる親愛なポーズは一切無く、どちらかといえばサザナミインコのみどりさんのような不貞不貞しさが散見されます(笑)


出張と言っても移動の間には、無理矢理、温泉を入れるのが腕の見せどころ。

今回はジュネーブからツェルマット(マッターホルン)に行く途中にある《ロイカーバート》という温泉に突入。風光明媚な景色(岩山ですが)にあるローマ時代から続く温泉。

P1080179.jpg

詳細は帰国後に書きますね。


メインはいつもの旧ユーゴ。
セルビア共和国はベオグラード他。

コソボ紛争時にNATO軍の1トン爆弾を複数投下された、セルビア国軍本部などが私を暖かく迎えてくれます(苦笑)

P1080400.jpg

セルビア共和国南西部のサンジャック地方に用事があったので、まあ、色々・・・


そして今はボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボでマタ〜リ。

P1080468.jpg

昨日はボスニアの代表ユニを着た爺さんと世間話。
「イビチャ(オシム)は小さいときから知っている」などなど。

セルボ・クロアチア語のサラエボ方言はわかりにくい。
私はセルビア語訛りなので気をつけないと、また紛争になってしまいますw


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プロフィール

Harukovsky

Author:Harukovsky
我が家の構成員は下記の通り。
●オカメインコ(全体が黄色のEXスーパーヘビーシナモンパールパイド)♂のハルオ。
●サザナミインコ(ノーマル)♀の鬼嫁みどり。
●サザナミインコ(コバルト)♂の婿殿コバオ。
●人間(快楽主義)♂のオット
●人間(放浪主婦)♀の私
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構成員だった羽衣セキセイ(オパーリンライラック)♂の正男さん、ローラカナリア♂のロロさんは私の実家に出向中。
赤カナリア♂のアカオさんは2011年8月4日に虹の橋へ旅だってしまいました☆

旧ブログ→http://harukovsky.cocolog-nifty.com/blog/

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