スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

長崎市内2日目:軍艦島3

で、島の北西まで回ってきた船。

ここは鉱員社宅が密集しているところ。

600px-Nagasaki_Hashima_map_ja.png


北の端から西を見る。

昭和33年建築の69号棟《高島鉱業所端島病院》RC造4階建て、重なるような低層のRC造2階建ては昭和33年建築の68号棟《高島鉱業所端島病院隔離病棟》。

その右隣、昭和25年建築の67号棟《独身寮》RC4階造24戸。1階には大食堂と集会所がある。間取りは6畳2間(または+3畳)+台所、共同トイレ&洗面所。独身鉱員以外の島民も使用できた。X階段と呼ばれる外階段で有名。その背後に65号棟(北側旧棟)がみえる。

右隣の昭和15年建築の66号棟《鉱員社宅啓明寮》RC造4階建地下1階建て。日本の離島に建てられた建築物では初の地下階付き。地下は共同浴場と倉庫があった。1階は労組事務所。共同炊事場に共同トイレ、9畳1間。岩壁(堤防)側にみえる細長い四角柱が並んでいる部分は、トイレの臭気管。

P1010183.jpg

左から、66号棟《鉱員社宅啓明寮》RC造4階建地下1階建て。

小さい棟が3棟並ぶ:左からいづれも昭和28年建築の61号棟RC造5階建て17戸(屋上にプレハブ小屋を増築・地下に共同浴場)、60号棟RC造5階建て(屋上にプレハブ小屋を増築・地下に生協・59号棟と連結)、59号棟RC造5階建て17戸(屋上にプレハブ小屋を増築・地下に生協・60号棟と連結)。間取りはいづれも6畳+4.5畳+台所+内トイレ。

これら建物は波浪被害を最小限に止めるため、堤防に対して直角に建ち階段は内階段。61〜59号棟は地下でつながっていて、端島最大のショッピングセンターだった。


大正7年建築の日給社宅(のちの鉱員社宅)16号棟RC造5階建て66戸(17,18,19,20号と岩壁側の共同廊下でつながっており、各棟は廊下に串刺しになるような形で建つ:17〜20号棟はこの写真では見えない)。現存するRC造住宅では日本で2番目に古い。

波浪時に堤防を超えて潮が流入するため、1階は防潮階(高床式)になっていたが、戦時中は抑留者系労働者がここに住んでいた。20号棟には防空壕があった。間取りは6畳+2畳(または8畳+4.5畳)+高低差のある土間兼台所。

16号棟の堤防側にある白っぽい建物が、昭和36年建築の鉱員社宅51号棟RC造8階建て40戸。間取りは6畳+4.5畳+台所+内トイレで窓は二重。防潮階(半地下)には酒屋や洋装店、電気屋などの個人商店が入った。隣の日給社宅(16〜20号棟)とは日給社宅の大廊下と各階が渡り廊下でつながっていたため、最も賑わう場所となった。

その右隣が昭和30年建築の鉱員社宅48号棟RC造5階建て20戸(地下にパチンコ屋と雀荘)。間取りは6畳+4.5畳+台所+内トイレ。防潮棟として建てられたため、海側は廊下、居室の窓は東側につくられている。

その右隣にある白っぽい低めの建物が、昭和39年建築の39号棟RC造3階建て《町立端島公民館》。当時はピンクに塗装されていた。1階が図書室と事務室、2階が娯楽室・調理室・被服室、3階が集会室(高島町の選挙投票はここで)。47号棟と呼ばれた木造の鉱員社宅跡地に建てられた。この周辺には朝鮮人・中国人抑留者が住む木造住宅があったらしい。

(その右奥が昭和2年建築の50号棟鉄骨レンガ造2階建て《映画館》で平成3年の台風で全壊した。映画館と31号棟の間には23号棟《泉福寺》木造2階建てがあったがほぼ全壊)。

39号棟の右奥に昭和29年建築の21号棟鉱員住宅RC5階造15戸。間取りは6畳2間(+3畳)+台所+内トイレ。1階に長崎県長崎大浦警察署高島町端島出張所&留置所があり2名の警官が常駐。

1番右奥の細長い建物が、昭和32年建築の鉱員社宅31号棟RC造6階建て51戸(1階に端島郵便局、個人経営の理髪店。地下に共同浴場)。もともとは商店街だったが台風で壊滅したため、くの字の防潮棟として建てられた。

1階の商店街は、至近の30号棟に住む下請け飯場の居住者が利用したため、鉱員家族はほとんど使わなかったそうな。また2〜3階部分には外海へのボタ捨てベルトコンベアが貫通しており、24時間稼働していた。

31号棟近くに3軒の遊郭(小料理屋)があり、うち1軒は朝鮮人専用の遊郭だった    。

P1010186.jpg


これも鉱員社宅群。

左から66号棟《鉱員社宅啓明寮》で67号棟と同じく独身寮で、X階段と呼ばれるデザイン階段が特徴。その右奥の高い建物が昭和20年建築の鉱員社宅65号棟。手前2つの低めの建物が61号棟60号棟。後ろの社は1号棟《端島神社》。

65号棟の北西側(堤防側)には出っ張りがあるが、エレベーターを設置する予定で建てられた。65〜20号棟付近は高波による被害が多かったため「潮降街」と呼ばれた。

P1010184.jpg


大正7年建築の日給社宅(のちの鉱員社宅)16号棟RC造5階建て66戸(17,18,19,20号と岩壁側の共同廊下でつながってる)。

16〜20号棟は6畳+2畳+台所〜8畳+4.5畳+台所という間取りで合わせて241戸。1階には質屋や雑貨店、電気屋、生鮮食品屋、厚生食堂、外勤詰め所(揉め事相談所)など。屋上には屋上庭園、19号棟では弓道場があった。各戸は家々の仕切りこそコンクリート壁だが、一列に並んだ各戸は木造製の伝統的な長屋造り。各棟を結ぶ直線的な廊下では、雨に日に市場が開かれた。この廊下に共同トイレがあった。

P1010192.jpg


16号棟の堤防側にある白っぽい建物が、昭和36年建築の鉱員社宅51号棟RC造8階建て40戸(地下に個人商店)。海側に居室があるが塩害を少しでも防ぐためか、窓が小さめ。

その右隣が昭和30年建築の鉱員社宅48号棟RC造5階建て20戸(地下にパチンコ屋と雀荘)。51号棟と48号棟の後ろに見える高い建物が大正7年建築の日給社宅(のちの鉱員社宅)20号棟RC造7階建て26戸。

P1010194.jpg


59号棟とその右に16号棟。両棟は渡り廊下で結ばれているが、他の社宅も渡り廊下がある。

ここに船着き場があるが閉島時はゴミ捨て場だった。今では釣り客が来る漁場(島内には立ち入ることが出来ない)。

P1010195.jpg


島の北西側(向かって左側)をみる。

P1010196.jpg


この角度から見る端島が、まるで軍艦土佐のように見えることから「軍艦島」の名が付いたそうで。

P1010205.jpg


1番左から・・・低層の建物が39号棟《町立端島公民館》、その右上が昭和29年建築の21号棟鉱員社宅RC5階建て(警察派出所あり)、その右上の青っぽい建物が昭和34年建築の3号棟幹部職員社宅RC4階建て20戸(内風呂付き)。

堤防に沿った横長の建物が31号棟。その左下に23号棟《泉福寺》木造2階建てRC一部1階あり5戸がある。禅寺だが全宗派の法事を行う住職常駐の寺で、1階には助手(仮採用)と看護婦寮(のちに女子独身寮)がある。RC造部分だけ現存。

23号棟の下、39号棟と31号棟に挟まれた木片がある場所に、昭和2年建築の50号棟《映画館》レンガ造2階建+一部RCがある。映画館の名前は昭和館。映画上映、歌謡ショーなどで大活躍したが昭和35年頃からのテレビの普及で需要が減り、集会場→卓球場→梱包資材置き場となる。平成3年の台風でレンガ部分が全壊した。

23号棟の左隣に昭和28年建築の22号棟《公務員住宅》RC5階建て半地下付き+屋上に鉄骨プレハブ。1階に高島町役場端島支所、半地下は防潮階(のちに老人クラブ)がある。間取りは6畳+2畳+台所+内トイレ。映画館や泉福寺同様、台風の被害を受けやすい場所だった。

23号棟の裏に昭和42年建築の教職員住宅(公務員住宅)13号棟RC造4階12戸。外観が肌色に塗られ分厚いテラスがある。間取りは6畳+4.5畳2間(または4.5畳のDK)+台所+内トイレ。島内唯一のDK(ダイニングキッチン)が12戸のうち8戸にある。当初は内風呂を建設する予定だったが、そのスペースは洗濯場となった。

堤防に沿った横長の31号棟の右端に上に、少しだけ見える建築物は昭和6年建築の職員社宅25号棟RC5階建て(2階に宿泊所。スナック「白水苑」・旅館「清風荘」がある)。右端が大正5年建築の鉱員社宅(のちに下請け業者の飯場)30号棟(竣工時は4階建ても7階建てに増築)。

P1010206.jpg

貯水槽と横長の31号棟の間(少し平地になった場所)に、昭和28年建築の7号棟《職員クラブハウス》木造3階建てがあるが、厨房以外は全壊。ここには風呂場もあり、職員家族はこの風呂場を利用していたようだ。職員の宿泊場でもあった。


左から30号棟、(低い建物が)会社事務所。

岩山を見ると左から閉島後に建てられた肥前端島灯台。島に住民がいた時は、家々の明かりがあったため不必要だった。肥前端島灯台は閉島後、航路の安全を確保するために設置された。現在は二代目で強化プラスチック製。

岩山の山頂に真水貯水槽3号棟

上陸時に歩ける部分がココ。理由は、度重なる台風被害でここにあった鉱区の建物群が全壊したから。

P1010215.jpg


軍艦島を一周した。


いよいよ上陸・・・


つづく。


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.
スポンサーサイト

テーマ : 九州の旅
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Harukovsky

Author:Harukovsky
我が家の構成員は下記の通り。
●オカメインコ(全体が黄色のEXスーパーヘビーシナモンパールパイド)♂のハルオ。
●サザナミインコ(ノーマル)♀の鬼嫁みどり。
●サザナミインコ(コバルト)♂の婿殿コバオ。
●人間(快楽主義)♂のオット
●人間(放浪主婦)♀の私
- - - -
構成員だった羽衣セキセイ(オパーリンライラック)♂の正男さん、ローラカナリア♂のロロさんは私の実家に出向中。
赤カナリア♂のアカオさんは2011年8月4日に虹の橋へ旅だってしまいました☆

旧ブログ→http://harukovsky.cocolog-nifty.com/blog/

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。