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長崎市内2日目:軍艦島1

やっと軍艦島クルーズ&上陸に戻りマス(笑)

軍艦島とは長崎県長崎市(旧高島町)にある端島のこと。

細長い島に海底炭鉱従事者の高層団地群が建ち、沖合から見ると、島全体があたかも、「日本海軍の戦艦《土佐》のように見えるので」この名前が付いたそうで。

P1010205.jpg
(南西部分をみる)

軍艦島は長崎港から南西海上約17.5kmにある。


大きな地図で見る

端島炭鉱の島として栄えた。

もともとは岩山がそびえ立つ小さな島だったが、6回の埋め立て工事(明治30年〜昭和6年の間)によって今の島の大きさになった。島は南北に細長い。横(南北)約480m、幅(東西)約160mで島全体が護岸堤防で囲まれている。

西〜北および山頂には居住関連施設、東〜南には炭鉱関連の施設があった。

明治23年(1890年)、端島炭鉱の所有者であった旧鍋島藩深堀領主鍋島孫六郎が三菱社へ譲渡。端島は三菱の私有地(最後は三菱マテリアル)となる。譲渡後は積極的な開鑿をし、島直下と周辺の海底から良質の強粘結炭を採掘した。製鉄用原料炭として主に八幡製鉄所に供給した。 

日本の近代化を支えてきた炭鉱の一つとなる。

三菱は譲渡後、ただちに端島を整備する。まず定期的な飲料水の提供、社立の尋常小学校設立、従業員社宅の整備など行い、島の周囲が段階的に埋め立てられコンクリートの堤防で固められた。

木造平屋ないし二階建て住宅だった社宅だったが、狭い島内に多くの住人が住めるために高層住宅化する必要があった。大正5年、日本で最初の(4階建て、のちに7階に増築)鉄筋コンクリート造集合住宅「30号棟」が建設され、大正7年には16号棟から20号棟の日給社宅(のちに鉱員社宅)も建つ。戦中は高層住宅は造られなかったが、戦後、続々と建築された。

徴用された朝鮮人約500名、中国人約240名(三菱グループの炭鉱全体では約17,000名)が軍艦島で働くようになったのは、昭和14~20年にかけてだった。当時、朝鮮人・中国人坑夫は約3分の1前後の割合を占めていた。戦前・戦中は二交代制勤務。

戦後は4直3交代勤務制度の変則勤務。鉱員(炭鉱夫)の健康状態はそのまま採掘量に影響するため、医師の健康診察資料を元に人員の配置や休暇などを決めていた。

人口が最盛期を迎えた昭和35年(1960年)には5,267人の人口がいた(南北480m・東西160mの島に約100棟の建物がひしめく状態となり、人口密度は83,600人/km2と世界No.1だった)。

島には炭鉱施設・住宅の他、小中学校・店舗・病院・泉福寺・映画館・理髪店・美容院・パチンコ屋・雀荘・スナック白水苑などがあった。火葬場と墓地は近隣の中ノ島に建設された。給料は良く、住居も無料だったことから、生活水準は高かった。

鉱員家族が使う共同風呂は無料で15:00〜20:00が入浴時間。住宅棟内の共同浴場は4カ所あるが、31号棟の地下の風呂は主に下請け業者が使っていた。内風呂は職員社宅や特殊施設にしかなかった。

昭和35年以降、石炭から石油への主要エネルギーの移行により炭鉱は衰退。昭和49年(1974年)1月15日に閉山した(閉山時の住民は2,200人)。住民は4月20日までに全て島を離れ、端島は無人島となった(炭鉱関連施設の解体作業は1974年の末まで続いた)。

端島炭鉱は当時では珍しい「黒字閉山」であり、労組の決断が早かったためか、鉱員の再就職率は極めて高かった。

2001年(平成13年)、島は高島町に無償譲渡された(現在の長崎市高島町)。2007年から約1億500万円を投じて桟橋や見学用の通路を整備。

。2009年1月「九州・山口の近代化産業遺産群」の一部として、世界遺産暫定リストに追加記載された。同年4月22日から観光客が上陸・限られた範囲を見学できるようになった。


軍艦島コンシェルジュで上陸ツアーを申し込む。数社が催行しているが何処も同じ値段(3,800円+入島料300円)。いづれもガイド付き。上陸許可時間が1社あたり40分しかない。。。

P1010357.jpg

長崎港を南西に進む。

途中、戦艦「武蔵」を建造した三菱重工業長崎造船所のドックを通過する。今も海上自衛隊の艦船も建造や修理をしている。

《115》:DD-115の護衛艦(二代目)あきづき。2009年7月17日に起工、2010年10月13日に進水・命名され、2012年3月ごろに就役する予定。只今、内装工事中だそーです。

P1010083.jpg

《116》:DD-116の護衛艦(二代目)てるづき。2010年6月2日に起工、2011年9月15日に進水・命名され、2013年3月ごろに就役する予定。只今、兵装工事中だそーです。

《103》:DD-103の護衛艦(二代目)ゆうだち。1996年3月18日に起工(住友重工追浜造船所浦賀工場)、1999年3月4日に就役。配属先は第2護衛隊群第6護衛隊→第3護衛隊群第7護衛隊(佐世保基地)。ガイドは「修理のためにドック入り」と言っていたが・・・

P1010091.jpg


造船所を過ぎると長崎市本土と伊王島を橋で結ぶ伊王島大橋の下をくぐる。

P1010103.jpg

カトリック教会??とマリア像が建つ。

P1010109.jpg

しばらくすると端島(軍艦島)に近い高島炭鉱の高島が見えてきて・・・


大きな地図で見る


軍艦島だぁ!


P1010117.jpg


つづく・・・


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