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NYC;野口英世博士の墓参り

アメリカはニューヨークのマンハッタンの北、ブロンクスに(セントラルパークの半分:1.6平方km)広大な敷地を持つWoodlawn墓地がある。

Webster Avenue & East 233rd Street
Bronx, New York 10470
ニューヨーク市地下鉄4号線ウッドローン下車(目の前)
Open Every Day: 8:30 a.m. to 5:00 p.m.

IMG_1365.jpg

1863年に創設された巨大な墓地には著名人が眠っている。

・バイオリニストで作曲家フリッツ・クライスラー
・ジャスのコルネット奏者で作曲家ジョー・“キング”・オリヴァー
・ジャズ・ビブラフォン奏者ミルト・ジャクソン
・ジャズトランペット奏者マイルス・デイヴィス
・ジャズ・ヴィブラフォンのライオネル・ハンプトン
・ジャズ・ドラマーのマックス・ローチ

・・など、土地柄もあり著名なジャズ関係者が多く眠る。ロックミュージシャンではフェリックス・パパラルディ。

・法律家で米国陸軍長官リンドリー・ミラー・ガリソン
・南北戦争時の北軍の将軍フランツ・シーゲル
・元ニューヨーク市長ラガーディア
・黒人初のノーベル平和賞受賞者ラルフ・バンチ
・ピューリッツァー賞の名に由来するジャーナリストのジョーゼフ・ピューリツァー
・作家(白鯨など)ハーマン・メルヴィル
・タイタニック号沈没で亡くなったMacy’sの創業者で実業家のイジドー・ストラウス、GMの創業者ウィリアム・C・デュラント

・・・主に19〜20世紀にアメリカで活躍した各界の著名人多数。

日本人では高峰譲吉(実業家で医学者)、新井領一郎(実業家)、佐々木指月(宗教家・詩人)らの墓がある。

IMG_1380.jpg


そして野口英世博士(医学者)の墓もある。

1876年11月9日:福島県猪苗代に生まれ20歳で医学の道に進む。1900年に渡米。ペンシルベニア大学で研究助手→ロックフェラー医学研究所(現ロックフェラー大学)に移籍。3度もノーベル賞候補となる。黄熱病研究中に、黄熱病に罹り殉職(51歳)。

※博士の功績についてはコチラ→野口英世博士の生涯


あまりにも広い敷地なので探すのは困難。ビジターセンターは閉館していたので、守衛に地図をもらう(無料)。すると「ノグチの墓なら・・・」と何も言わないのに道を教えてくれる。訪れる日本人が多いそうだ。

地下鉄ウッドローン駅前にある門(Jerome Aveゲート)の斜め右、ホワイトウッド地区、巨大な墓(というか建物)の陰に野口英世博士の墓はあった。

P1010812.jpg
(矢印)

20代、福島県の裏磐梯が好きで、時間があれば野口英世の生家(博物館)に行っていた。通っていたといっても過言ではないノグチマニアだったりする。一昨年には、博士の終焉の地、アフリカのガーナ共和国首都アクラ(コーレブー病院)にも行った。でも墓参りはまだだった。

P1010814.jpg

晩年、黄熱病の研究に生涯をささげた野口英世は、メアリー夫人と共に墓石に刻まれている。

墓石の裏にあるのは自然石の墓碑。
(2008年、米国日本人医師会から4,000ドルの寄付により、ロックフェラー大学と共同事業で、銅刻板の修復、玉石に生えたコケなどの除去作業した)

IMG_1372.jpg

P1010816.jpg

Hideyo Noguchi
Born in Inawashiro Japan November 24 1876
Died on the Gold Coast Africa May 21 1928
Memory of the
Rockfeller Institute of Medical Research
Through Devotion to Science
He Lived and Died for Humanit

野口英世
1876年11月24日、日本の猪苗代に生まれ 
1928年5月21日アフリカのゴールド・コースに死す
ロックフェラー医学研究所正員
科学への貢献を通じて
人類のために生き、そして死せり


野口英世がゴールドコースト(現在のガーナ共和国アグラ)で亡くなると、世界中の媒体は一斉に報道。ロックフェラー財団は、伝染病(黄熱病)で亡くなった博士を現地で火葬することはせず、鉄製の棺を用意。遺体を入れハンダ付けしてニューヨークまで搬送。ロックフェラー医学研究所に2日間置かれ、日の丸と星条旗が掲げられた盛大な葬儀を行った。

ロックフェラー研究所は、野口英世のためにウッドローン墓地に埋葬場所を買い、玉石(墓石)の選定まで行っている。

野口英世のヨメさんはアメリカ人でペンシルベニア州スクラントン出身のメリー・ロレッタ・ダージスさん。炭鉱労働者の父と兄弟を持つメリーは、博士と知り合ったときは演劇に携わっていたらしい。英世が34歳、メリーが35歳の時に結婚した。夫婦仲は良かったそうだ。

生前の野口英世は遊興癖があり「金にはまるでルーズ」だったとか。

婚約者の実家からの結納金を遊郭で使い果たしたり、騙し取られたり、借金しては踏み倒し・・・。1914年にはロックフェラー医学研究所正員に就任したときの給料は年俸5,000米ドル(日本円で1万円相当)。当時の総理大臣の年俸が12,000円、陸軍大臣6,000円、国会議員2,000円に比べ破格の給料だったにもかかわらず、1915年の一時帰国時には渡航費用が捻出できなかった逸話もあり。

酒癖・女癖が悪く、借金癖が抜けないが世渡りは旨い。がむしゃらに研究に没頭する性格。日本人離れした豪快な性格は日本では受け入れられなかったが、アメリカではOKだったようだ。

1928年、野口英世が亡くなると、メリーは英世の残した財産を処分して年金で暮らす。メリーは英世の遺品をすべて野口英世記念館に寄贈する。

財産目録(1915年の帰国後、やっと貯蓄を始めたらしい)
ニューヨーク州シャンデーケンの山荘(現在は東京歯科大学の施設) 6,430ドル
生命保険(前借金を除く)800ドル
GE社の株券 5,975ドル

また英世の遺志を継ぎ、処分した財産の一部(3,000ドル)を故郷の家族(姉の野口イヌ、恩師の小林家)に仕送りした。1947年(昭和22年)に動脈血栓で71歳で亡くなる。ウッドローン墓地で英世と共に眠る。2人の間に子供はいなかった。


第二次世界大戦前に亡くなった方々の墓も占有敷地もとにかく大きい。敷地の都合なのか、戦後に亡くなった方の墓はまあまあ小さい。

IMG_1368.jpg

だが戦前の金持ちの墓はハンパない。

IMG_1380.jpg

P1010829.jpg

P1010831.jpg

P1010832.jpg

小さい墓は50万円〜、家族用の墓は1億5,000万円から作れるそうです・・・w

夕方の閉門時間間際に行ってしまったので、今度はゆっくり墓参りに行こう・・・


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No title

野口英世が、借金を踏み倒して遺産を残していたとは知らなかった。

No title

i-25東伏見のカザルスさま
野口マニアだったので、そのあたりは調査済みッス。英文記事の方が詳しく出ていますね。
(5/24〜旅順に行ってきます!)
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●オカメインコ(全体が黄色のEXスーパーヘビーシナモンパールパイド)♂のハルオ。
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赤カナリア♂のアカオさんは2011年8月4日に虹の橋へ旅だってしまいました☆

旧ブログ→http://harukovsky.cocolog-nifty.com/blog/

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