スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

トリーズ問題、無事に解決なり

超ご無沙汰してります!
Harukovskyです。

私たちがアメリカに滞在中のトリーズの処遇問題。

解決いたしました!

オカメのハルオさん、羽衣セキセイの正男さん&ローラカナリアのロロさん。この三羽は沖縄に残留。サザナミーズの二羽は福岡県に移籍となりました。

我が家のサザナミーズは非常に嫉妬深いというか、差別されることを非常に嫌うのでなかなか面倒でもあります。福岡の移籍先宅は大型〜小型までのトリーズはいる多頭飼いの家。しかもサザナミーズは新参者。もう1年近く経ちますが、平穏にやっているようです。

このブログが取り持った縁。
福岡の里親様、ありがとうございました。


* * *
私たちもアメリカへ移籍となったため、このブログは休止して、別のブログを立ち上げました。

http://harukovskyusa.blog.fc2.com

コチラもよろしくお願いいたします。
トリーズはいないので鳥は出てきません(悲)

.
.
このブログとはしばし、お別れ!
スポンサーサイト

沖縄に空輸されたトリーズたち

沖縄に空輸したトリーズ。

oki_t2.jpg

大きめのケージ2つは、大型犬のケージにすっぽり入り、小さめのケージは小型動物用のケージに入りました。JALの規定では使用するケージ1ケージが5,000円なので2つで1万円でした。空港からは里親様の車で里親様宅に到着。

oki_t1.jpg

トリーズは定位置に。

ここにきて、ちょっと不安が…。

我が家にいたときの私のトリーズの接し方と、里親様の先住の鳥の接し方(飼い方)がかなり違うこと。そして里親様が元々飼われていたセキセイを溺愛されている。はたして自分の目の前で、他の鳥を溺愛している姿を、人間観察や関係に対して非常に敏感なサザナミーズが対処するか、と。

予感的中。

我が家では呼び鳴きは殆ど無かったのですが、どうやら2週間経過した現在、特にコバオさんの呼び鳴きがスゴイようです。里親様はおやつ(粟穂?)で黙らせているようですが、効果的なのは里親様とのスキンシップのような気がします。状況はよくわかりませんが、現在は一般的な放鳥のみのようです。

里親様は先住のセキセイを第1に思われているので、これも言いにくい。全ての鳥をケージにしまい、サザナミーズのみ放鳥して人間関係(笑)を築けたらとも思うのですが…。我が家にいたとき、コバオさんは書斎で私やオットとべったりだったので。

oki_t3.jpg

里親さまはサザナミーズをもてあましているようなので、今はサザナミーズのみ、引き取ろうかと思案中也。

他のオカメのハルオさん、羽衣セキセイの正男さん、ローラカナリアのロロさんとは上手くいっているようです。

困ったなぁ…



.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

ご無沙汰しています…転勤です!

ご無沙汰しているうちに、今年の1月6日付けでなんと転勤しました。

それもアメリカはロサンゼルス。
(オットの都合で…)

Redond_blg.jpg

話があったのは昨年の初夏。

「伯父の介護、父の介護、母の介護で無理」と、私は行くのに難色を示したが、会社が「奥さんには年間○○万ドルの航空券代も支給しますので来て下さい」と。さすがはアメリカの会社です(正確には欧州の会社だが)。取りあえず駐在員妻のビザは取っておくか…。

そして秋に入る頃、闘病生活の伯父が大往生。伯父夫婦が住んでいた家は(元々はオットの祖父宅なので)相続して、家を手直しして賃貸に出すことにした。この整理が大変で、何せ、大正時代からの荷物が満載。片付けに二ヶ月間かかり、ようやく家を空にしてリフォームに取りかかる。

設計士と工務店と数々の打合せをして、12月に着工。

その間、我々の荷物の引越があった。これがまた大変でして、日本の住処を撤退するなら全部持っていけばいいけど、介護の為にちょくちょく帰国(来日)しなきゃならないし、そもそも家を貸す気もなし。なので、持っていくものの選別が大変だった。

引越の前に渡米して住む家探しもしたっけ。外資の会社だと、その辺は親切というか、契約者が気に入るまで物件を紹介してくれる会社がつく。

ロサンゼルスは、一口にロサンゼルスというと「関東平野」がすっぽり入ってしまう。

狭義的にはロサンゼルス市。だがその周辺にロサンゼルス・カウンティと呼ばれる郡(市)がある。さらにそこに隣接するオレンジ・カウンティという郡(市)がある。関東で例えれば、ロサンゼルス市が東京都、ロサンゼルス・カウンティが埼玉県や千葉県や神奈川県の都市部、オレンジ・カウンティは千葉県の風光明媚な所とか群馬県とか茨城県とかになる。そんな中での引越物件探しデス。どこに住んだらいいんだ?

結局、年内では物件を絞り込めず、実際に家が決まったのは1月末。それまで親切な会社はロサンゼルスのダウンタウンに、いわゆるコンドミニアムを1ヶ月半ほど契約してくれた。ありがたい。

こうして見つけたのが、ロサンゼルス国際空港(LAX)の南、レドンドビーチ市というロサンゼルス・カウンティにある物件。築40年ほど、広さは135平米(2ベッドルーム)のマンション。海が一望です☆

1782176_746858798692408_2077088160_n.jpg

こうして、ロサンゼルス郊外での生活は始まり、私は二ヶ月に3回の日米間の往来。3月に入ると賃貸物件のリフォームも終盤にさしかかり、さて、問題になったのが、我が家の超可愛いトリーズの行方です。

(しばしの間でも)離れるのは嫌でして、伸ばし伸ばしにしていたけど、そうも言っていられず…。

海外転勤だと犬猫は時間はかかるものの、検疫はパス出来るので連れて行ける。だが鳥は鳥インフルエンザなど、伝染病があるためダメ。検疫待機中の他の鳥からうつされる可能性もある。実際、話を聞いた鳥の納入業者は、豪州や米国の検疫所で鳥フルに罹った鳥が見つかり、検疫所の全ての鳥の輸出は出来なくなったそうな。この措置を受けると、早くても1〜3年は留め置きされる。鳥の寿命との戦いにもなる。

調べまくり、日米の検疫局にもメールや電話、複数のペット輸送業者、インコを扱う専門店の仕入れ部署にも聞いた。カネの問題ではなく、感染の話でダメだった。

羽衣セキセイの正男さん以外は自分大好きのナルシストだが(笑)、離れると呼び鳴きし続けるのでバラバラにはしたくない。困り果てていたところ…沖縄に移住した友人が、

「どうにもならなかったら、うちで纏めて預かってあげよう」

と、涙が1リットル出る男前なレスが入りまして。
もう大感謝!

ようやく沖縄に連れて行く日を決めて…

ここから、じぶんでも驚く凹みっぷり。トリーズに負担をかけないため、我が家→羽田空港は定額タクシー。「鉛中毒にならないよう」この子達のために買った高い高いステンレス製ケージで運ぶとか、ひとつづつ手配して完了するたびに凹む。羽田〜那覇の航空券をポチった直後は激凹み。

はあ…

さびしー

でも細やかな気遣いの友人に宅せたのは幸せ。沖縄の気候はインコ族の原産地に近いし。先住のぷうさん、トリーズ軍団に驚かなきゃいいけど。。

転勤って急にあるもんで、急にペットと離れ離れになる。ペットの為に離職する話も聞く。ただ専門家なら離職しても再就職やカネがあれば起業出来るが、現実は甘くない。浪花節的な解決策はないのよ…学童年齢の子がいると特にね。

はあ…

t.jpg

残すは今晩だけ、明朝、一緒に沖縄に飛ぶ…


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

フランス紀行:ルルドの泉

またまた更新が滞ってしまいました。

あれから、「まあ、よくぞこれだけ色々な事がおきますな〜」ってなくらいの怒濤の日々でしたが、ようやく2つの大仕事を残して片付きました。

そんな中でもしっかりと旅行には行っています(笑)
夏休みはフランスと英王室領ジャージー島に。

パリから(オットの希望で)ヴィシー。そのあとタイヤのミシュランの本拠地Clermont-Ferrand→宗教的奇跡を数多く起こしている(と言われる)ルルド→サンマロ→英王室領ジャージー→サンマロ→サンマロ近郊→パリ→東京、というルート。

今回はその中で興味深かったルルド Lourdes をアップしてみる。

ルルドは、フランスとスペインの国境になっているピレネー山脈の麓にある。軍事的に重要な土地なためビゴール伯爵の要塞が有り、この地域の行政中心地ではあった。だが土地は痩せており飢饉も頻発する貧しく小さな町だった。

1841年2月より、「聖母マリアの出現」と「ルルドの泉」で知られ、今や年間300〜500万人の巡礼者が訪れるカトリック教会の最大の巡礼地になっている。人口15,000人ほどだが、4つの教会と多くの病院が建ち、ホテルの数はパリの次に多いそうな。


大きな地図で見る

ルルドはかなりの辺境地にあるのに関わらず、パリからのTGVも止まるし、国際空港でもあるルルド・タルブ空港まである。世界各国からチェーター機で乗り付ける信者も多いらしい。ルルド駅に着くまでは田園風景だけが続く(景色はつまらない)。

ルルドは「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の巡礼地ではないが、フランス側のトゥールーズの道(サン・ジルの道)の経路にあるため、一緒に参拝する信者も目立つ。

サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼:フランスの4カ所から(イエスの十二使徒の一人聖ヤコブの墓があるとされる)カトリックの聖地(スペイン)のサンティアゴ・デ・コンポステーラへ巡礼する。スペインからとポルトガルから出発する巡礼路も各々1ルートあり。年間およそ10万人がサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅に出ている。




「聖母マリアを目撃」した少女ベルナデット・スビルー Bernadette Soubirous は、ルルドの非常に貧しい一家に生まれた娘だった。生まれた時は粉引き屋で水車小屋に住んでいたが、12歳の時、凶作で水車小屋の家賃が払えず、1857年冬から約1年間、カショ Le Cachot と呼ばれるかつての牢獄の一間に間借りした(広さは10畳ほど)。

衛生的でないという理由から、牢獄としてすら使われなくなった建物だった。1995年~96年に改修されたが、その時の家が現存しており、聖地となっている。

f23.jpg
(聖母マリアの出現を見たときに住んでいた家)

1858年2月11日、ポー川 Gave de Pau の川岸の洞窟 Grotte miraculeuse(マッサビエル)で、14歳の少女ベルナデットは、妹トワネットと近所の友達で石切り屋の娘ジャンヌの3人で、マッサビエールの洞窟付近で、薪にする流木を拾い集めている時、少女ベルナデットだけ洞窟の奥から出現した「聖母マリアを目撃」した。

少女ベルナデットは、聖母マリアを目撃した当初、それが聖母マリアと思わず、女性の形をした「あれ」=Aquero(ルルド方言)と呼んだ。「あれ」は年頃16〜17歳の白い着物を着て、空色の帯を締め、右の腕にロザリオをかけている女性だった。家への帰路、妹にそのことを話したが、何も見なかった妹は、そのまま母親に告げた。少女ベルナデットの幻覚ではないか?と疑い、洞窟に行くことを禁じた。

2月14日、父親の許しを得て再びそこへ戻ると、その女性は再び姿を現した。

2月18日、少女ベルナデットは、Milhetと彼女の裁縫師と同行して洞窟に行く。同行した2人は姿を見ることが出来なかったが、名前の署名を迫った。出現した女性は、少女ベルナデットにのみ「署名の必要は無い。15日間ここへ来るように」と言う。同行した2人は声も姿もを見ることが出来なかったが、そのことを皆に話した。

2月19日、4回目の出現時には8人の見物人が集まる。
2月20・21・23・24日、出現。

2月25日、9回目の出現時、出現した女性は「その泉の水を飲んで顔を洗いなさい」と言う。洞窟の岩の下の方へ行くように指差したため、それに従って少女ベルナデットは穴を掘ったが、その穴は泥水だらけだった。だが約8,000人の野次馬の中に片眼を病んでいた人がおり、穴の水を飲んだところ、数日後には治癒していた。腕の痛みを訴えていた老女は、穴の水に腕をつけると痛みが消えた。

f58.jpg
(今も泉が湧く Le Gotte)

2月27・28日・3月1日、泥水の穴は、澄み切った湧き水で満たされていた。

3月2日、13回目の出現時、「神父に伝えなさい。人々にここに列を成して来るように、そして聖堂を立てるようにと」。(聖堂は8年後の1866年に地下聖堂としてつくられた)

3月3日、出現した女性は再び指示を促すが、それを聞いた少女ベルナデットから聞いた神父Peyramale(少女ベルナデットが洗礼を受けたサクレ・クール教会の神父)は、「まず彼女(聖母マリア)に名前を告げさせ署名を貰いなさい」と言う。

3月4日、2週間の最後の日、出現した女性は無言だった。

3月25日、16回目の出現時、出現した女性は "Que soy era Immaculada Conceptiou." と口にした。少女ベルナデットはその言葉を何度も繰り返しながら神父の元へ走った。

「私は無原罪の宿りです」の意味は、「人類の始祖アダムとイブの堕罪の原罪は、全人類が生まれながらに負っているとされるが、聖母マリアだけは(神の恵みの特別なはからいによって)母アンナの胎内に宿った時から免れていた」とのこと。

もっとも「無原罪の御宿り」はキリスト教全宗派が公定しているのではない。正教会は「マリアも元祖アダムの罪を免れず、光栄が得られたのは、イエス・キリストを生んだ後」とする。8世紀以前のものに認める聖伝を限定する復古カトリック教会も認めていない。プロテスタントは、そもそもマリアを崇敬するという概念がない。

カトリックのいう「無原罪の御宿り」は、1854年に教皇ピオ9世によって、カトリックの信仰箇条として宣言されたばかりのもの。ルルドでの聖母マリア出現で、バチカンはこの教義宣言の正しさ確認した。 ただしフランスはもともとマリア信仰(キリスト以前からあった原始宗教の一つ)が盛んな地域である。



神父は、 "Que soy era Immaculada Conceptiou." =私は無原罪の宿りです、という意味のラテン語を、洗礼は受けたものの教義さえ充分に理解できず、ラテン語もフランス語も出来ない無学のこの少女が口にしたことに驚く。このことは、この出現が本物である証拠となり、貴婦人が聖母マリアであることが明らかになった。

4月7日、1,000近い野次馬が見守る中、「蝋燭の奇跡」が起こる。

7月16日(カルメル山の聖母の祝日)、洞窟は立ち入り禁止となってしまっていたため、少女ベルナデットはポー川を渡り対岸の牧場へと廻る。ここでの18回目の出現が最後となった。「彼女(聖母マリア)は今までにない程、綺麗でした」と、少女ベルナデットは語った。

少女ベルナデットの「聖母マリア出現談」は瞬く間に欧州に広がり、巡礼者が訪れるようになった。聖母マリアの指示通り掘った穴からの湧き水を飲むと、病気を治癒する奇跡が起きた。ルルドの水の奇跡の話は瞬く間に広まり、病に苦しむ人々が集い、さらなる奇跡的な治癒がもたらされた(1933年の出現75周年祈念祭には180万人!)。

洞窟は同年10月5日、ナポレオン3世の命により解放された。

1862年1月18日、約2年間に及ぶ司教区調査委員会による調査の結果、現地司教は「ルルドのマッサビエルの洞窟の聖母御出現を公的に認める教書」を発布、ローマ教皇ピウス9世により真正のものと宣言された。

1864年にこの洞窟の前に聖母像が建てられ、1866年には洞窟を取り囲むように地下聖堂が完成。信者からの献金で1876年7月、洞窟の上にはバジリカ聖堂が建てられた。

1866年、22歳になったベルナデットは、聖域内で最初に建てられた地下聖堂の完成を見た後、教会側の意向に従い、(国鉄Paris-Marseille線またはNantes-Lyon線Nevers駅近くにある)サン・ジルダール Saint-Gildard 修道院に入り、1879年に肺結核により35歳で没す。

遺体は聖ヨセフ小聖堂の地下墓地に埋葬されたが、遺体鑑定のため1909年・1919年・1925年と3度も掘り出された末、1933年にローマ教皇より列聖された。修道院の聖堂に安置されているが、遺体はほとんど腐敗していない(現在は蝋でマスキングされている)。

DSC_0095a1.jpg
出典;『聖ベルナデッタ―その体について―』

Bernadette
フランス語ではベルナデット
ラテン語でベルナデッタ
(列聖されたのでベルナデッタと呼ぶのが一般的らしい)



なお、少女ベルナデットは聖母マリアの出現を受けたとき、その胸に Chapelle-Notre-Dame de la Medaille Miraculeuse(パリ)の、“原罪なくしてやどり給いし聖マリア、御身により頼み奉る我らの為に祈り給え”と書かれたメダイを着けていたとか。

少女ベルナデットは「あれ」=聖母マリアを18回も見ているが、回数を追うごとに増えた野次馬、誰ひとりとしてそれを目撃していない。

聖母マリア出現後、ルルド小教区教会(サクレ・クール教会)ペイラマル神父は、牢獄跡カショー住む少女ベルナデット一家を救うため、ペイラマル神父が借りた家に引っ越した(後にローレンス司教が一家に与える)。ただ有名になりすぎたベルナデットはここには住めず、聖域内のホスピスで働きながら寄宿した。



教会への“参道”には土産物屋、ホテルが約250軒ほど連ねる。土産物の他に、蝋燭、取水に使う瓶やタンクも売っている。ルルドに来る信者(私のようなただの観光客も含む)は、概ね、老人が多い。欧州のみならず、世界各国から訪れる。肌の色から西アフリカ、アジアは南インド人が目立つ。観光バスが中心部に乗り入れているため、空気は余り良くない。

駅から約10分歩くと「聖域」とよばれる場所のサン・ミシェル門に着く。

f3.jpg
(城塞から聖域を見る)

ラグビーボールのような形になっている芝の下は、長さ191m×幅61m、約25,000人収容可能の世界で3番目に大きく、聖域では4番目につくられた《聖ピオ10世地下バジリカ聖堂》Basilique souterraine St. Pie.X である。これは聖母マリア出現100周年記念事業で1958年3月25日献堂式を行っている。聖堂内は体育館のよう。2013年6月の洪水では水没した。

聖堂は三層の建築物から構成されており、真上から見ると「十字架」の形になっている。

f74.jpg


・上部聖堂:1883年に聖域で2番目に建てられた《無原罪の御宿り聖堂》Basilica of the Immaculate Conception。ルルドの水が湧く岩山の上に建つ。

・Crypt:上部聖堂の真下に、1866年に聖域で最初につくられた(こぢんまりとした)《地下聖堂》。地下ではなく岩山の上部にある洞窟を垂直に掘られている。

・下部聖堂:岩山の麓、地面に建てられた聖域内で3番目の《ロザリオ大聖堂》Basilique Notre-Dame-du-Rosaire de Lourdes.


大きな地図で見る

f22.jpg

尖塔の上部聖堂「無原罪の御宿り聖堂」、その手前の下部聖堂「ロザリオ大聖堂」の裏手、ローマ水道橋を思わせるスロープの坂のアーチを潜ると、大きな岩山があり、ここにマッサビエルの洞窟 Grotte miraculeuse と泉が湧く Le Gotte がある。

f63.jpg

f64.jpg

マッサビエルの洞窟 Grotte miraculeuse は、尖塔の「無原罪の御宿り聖堂」教会の真下にある。
(ロザリオ大聖堂は地面レベルの1階、無原罪の御宿り聖堂の出入り口はスロープのある2階)

f20.jpg

少女ベルナデットが聖母マリアに指示されて掘った穴(湧き水)をみようと、信者や観光客で長蛇の列。さすがは聖地だけあって規則正しく並んでいる(病人優先)。そして泉の前には祈りを捧げる信者がたくさんいる。少女ベルナデットが掘ったとされる泉はアクリル板で覆われている。

洞窟内の岩壁の割れ目からも泉が湧き出ており、信者はその水を手に取り、顔や身体に塗っていた。そのせいか、手が届く限りの範囲の岩肌はツルツルになっている。

f1.jpg
(泉が湧く Le Gotte)

なお、取水用蛇口はここから横に20mほど離れた所に給水場が有り、ズラリと並んだ蛇口から、各自様々な容器を持った人々で、時間帯によっては大混雑する。約122,400L/1日、地下1,002mから湧き出している。

f66.jpg

f43.jpg

アフリカン・ママは、水タンクを頭に乗せていた(笑)

f21.jpg



聖域では4月初旬〜10月下旬の毎晩21:15より、夜のミサ Processions Mariale(ロウソク行列)が行われる。ロウソク=火は、信仰と希望の象徴である光。

神輿に乗せたマリア像をロザリオ大聖堂前に置き、聖母マリアが出現するシーンを再現すると、各国の信者代表が朗読・賛美歌「アベ・マリア」を捧げる。ロウソクを持った信者がステージに集まってきて祈りを捧げる。この数がスゴイ!

f34.jpg

病人はボランティアの看護師が搬送する。医師も含め、なんとボランティアの多いこと。常時、介護を必要とする人1万に対して3万人のボランティアがいる(ボランティアは年間通算8万人動員)。

f33.jpg

f36.jpg

f37.jpg

教会前の広場の半分以上が、ロウソクを持った信者で埋め尽くされる。

f50.jpg
(エスプラナード・デ・プロセスィオン:奥がサン・ミッシェル門)



尖塔の上部聖堂「無原罪の御宿り聖堂」、その手前に張り出した下部聖堂「ロザリオ大聖堂」。

長らく修復工事中だったが、2013年03月11日より公開。ファザードの窓をつぶして独特の(漫画絵ぽい)モザイク画になった。ロザリオ大聖堂は1889年、聖域内で3番目に建てられた。

f47.jpg

手前にあるロザリオ大聖堂。

f48.jpg

ロザリオ大聖堂の背後、スロープを上がったところに、聖域で2番目に建てられた無原罪の御宿り聖堂の出入り口(無原罪の御宿り聖堂は、一般的な教会と内部はほぼ同じで約700人収容)がある(=青丸)。その真下に、聖域で最初につくられた(こぢんまりとした)地下聖堂につながる出入り口(=赤丸)がある。

f73.jpg
出典:Google Map

《無原罪の御宿り聖堂》(上部聖堂)は岩山の上に1866年に着工、1871年に完成。

《Crypt》地下聖堂。無原罪の御宿り聖堂の真下、岩山の上部にある洞窟を「聖母マリアの要請」で聖堂にしたもの。1866年に完成。少女ベルナデット出席のもと、主任司祭ペイラマル神父・タルブ教区ローレンス司教によって祝別式が執り行われた。

f71.jpg
(ロザリオ大聖堂の上より撮影)

さて、ロザリオ大聖堂。

1883年7月着工、1889年6月工事が完了(1901年10月6日献堂式)。岩山を掘削をして建設したため難工事だったという。シルエットはロマネスク様式、内部の装飾はネオ・ビザンチン建築の伝統を受け継いでおり、1,500人収容可能。1929年、教皇により特権を与えられたバジリカ聖堂に格上げされた。

内部もモザイクだが、漫画絵っぽいのは同じ。

f30.jpg

聖ドミニコにロザリオを手渡す聖母マリアのレリーフ。山岸涼子というか萩尾望都というか、そんな感じの聖母マリア。2006年修復のモザイク画。

f31.jpg

堂内には15の祭室が設けられ、ドームは天国を現しているらしい。

f70.jpg

外壁はRupnik神父制作のモザイク画。

f51.jpg

f52.jpg

f53.jpg

f55.jpg

f54.jpg


聖母マリアは少女ベルナデットに「行って泉の水を飲み、身体を清めなさい」と言った。聖域内には信者が身体を清めるための沐浴場があり、信者でここもまた大混雑。

9:00〜11:00(日・祝除く)、14:00〜16:00
男性用が6、女性用が11の浴槽がある。

f38.jpg

水色と白のストライプのカーテンの奥に脱衣所、更にその奥が沐浴場。全裸になりボランティアが用意したシーツ状のようなものを下半身に巻く。水温12度の水を溜めただけの沐浴場は1m×3m程の浴槽。祈りを捧げながら浴槽内を水中歩行で往復する(速やかに歩き出さないとドつかれるらしい)。聖水なので身体は拭かないまま服を着ることになる。

f69.jpg

沐浴場の並びにトイレがある。

実はトイレの水、沐浴の水、汲み出し用の水、同じ水源らしい。試しに(飲用可の)トイレの手洗水を飲んだが、全く同じ味だった。雑菌が含まれないので殺菌されていると思われる。

f49.jpg

沐浴場の隣に蝋燭を捧げる場がある。大小様々な蝋燭があるが、特大の蝋燭は係員が挿す。写真はアフリカン・ママが献納したもの。

f39.jpg

ま、一般的には、写真の蝋燭売り場(取水用の瓶も)で売られている蝋燭ですけどね・・・

f60.jpg


ルルドの水

ルルドの水が湧くピレネー山脈の麓の地層は石灰岩質。洞窟内は概ね石灰岩で出来ているが、他の岩層もあり。ルルドの水の蘊蓄によれば、「水に含まれる活性水素が活性酸素を除去、DNAの損傷を防ぎアンチエイジング効果がある」そうな。

検査によると、石灰岩質の自然ろ過で、不純物が極めて少ない、豊富な活性水素(原子状の水素)、カルシウムやマグネシウムを適度に含んだpH8のアルカリ性水、だそう。

蘊蓄と比較すると、アルカリ性水=アンチエイジングと関連、カルシウムを多く含む天然水(雪解け水など)=脳梗塞や心筋梗塞などを防ぐことがある、が実証されているので、あながちウソではない。

だが時間とともに豊富な活性水素は消えて普通の水に戻っていくため、水源地ですぐに飲む以外、身体に摂り入れることは難しい、そうだ。

f56.jpg
(ルルドの水を入れるメダイ付きの瓶を購入。私自身で取水した)

「奇跡の認定基準」はルルドの医務局およびルルド国際医療協会が、奇跡の定義に見合った案件を医学的基準から判断。パリの国際医学委員会での認定を経て、被治癒者の所管の司教が設置した吟味委員会が決定する。審査は4年〜10年前後が多いが、53年かかった例もある。

これまで約2,500件の案件が持ち込まれたが、奇跡=guerisons inexpliquees(医学的に説明不可能な治癒)と公式に認定される症例は68件となっている。直近では、2011年11月末に2つの事例が認められた。77歳の修道女が坐骨神経痛により両足が麻痺、手術を繰り返しても治癒せずルルドの水で快癒。43歳の女性が高血圧脳症に悩まされていたがルルドの水で快癒している。

なお、ドイツのノルデナウ水、メキシコのトラコテ水、大分の日田天領水も、ルルドの水同様、体内で悪さをする活性酸素を消去するらしい。


2007年にルルドを訪れたローマ教皇ベネディクト16世は、1. 少女ベルナデットが洗礼を受けた小教区の洗礼堂(サクレ・クール教会)→2. 「カショ」と呼ばれるスビルー家の家→3. マッサビエルの洞窟→4. 少女ベルナデットが初聖体を受けた養護施設の礼拝堂、の順序で各所で祈る巡礼を推奨した。

下記の写真は、少女ベルナデットが1844年1月に幼児洗礼を受けた小教区の洗礼堂=サクレ・クール教会。聖母マリア出現でその事象の相談を受けた主任司祭ペイラマルはこの教会所属。火災により焼失、1905年再建。

f61.jpg



.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

ご無沙汰しっぱなしで…

皆様、Harukovskyでございます。
2月以来の登板です…

ブログを放置して約5ヶ月間。

ええ、色々ありまして、ただ今、絶賛「介護ウツ」でございます。

10月に母が脳梗塞で倒れ、幸い、軽症だったのですが、軽い脳血管性認知症になりました。独居老人なので心配はしておりましたが、薬はきちんと飲めるよう1包化して、これを薬カレンダーに指し込んで、なんとか過ごしてまいりました。

2月にニューヨーク出張。

528548_548805841831039_1668652948_n.jpg


帰国後、我が浦和REDSがACL出場となって、広州恒大というチームと対戦することになり、とりあえず香港へ行こうと航空券等、全て予約完了。某日18時に成田空港へ行ったら、私が予約したのは羽田発でしかも出発時間は10時…。ええ、キャンセルいたしましたよ。

3月は広島、中欧に出張。

208835_567566993288257_1161065563_n.jpg
(ハンガリー:国会議事堂)

4月は今度はちゃんと行けたACLの韓国(全北現代戦)。

579565_574901089221514_1938732187_n.jpg

そしてポルトガル出張。

541545_578397312205225_1065575587_n.jpg

532794_579236325454657_735023020_n.jpg

帰国して2日後にインドは最北部レーに行きましたの。
家族サービスってやつです。
5月の連休を使っての旅行です。

936888_586983071346649_1354335452_n.jpg


ここでもインド国内線の飛行機の搭乗時間を間違えて、チケットはパー。買い直して翌日に現地入り。しかしいきなり3,500mの高地に飛んだため、疲労と時差ボケも加味して見事に高山病にかかりましたの。結構、つらかったですわ。

帰国したら、面倒を見ている伯父(オットの父の姉の夫)の容体が良くなく、老人ホームから病院へ搬送。検査の結果、腹部大動脈瘤でした。ですが伯父は98歳と高齢だし老衰が進んでいます。担当医から「終末医療型病院」への転院を進められ、これを探し、老人ホームからは退去。

同時に、伯父の血筋の親戚の家がある広島へ。我々は面倒は見ているけど相続権はありません。今後のこととか話に。伯父と親戚(兄の娘一家)は数十年間も音信不通でして、それでも快く我々を泊めていただき、話は円満に終了しました。

で、韓国に出張。

300642_597246730320283_620098156_n.jpg
(激マズの機内食:大韓航空)

6月上旬は沖縄出張。

935599_600893363288953_1289409908_n.jpg

970138_599839993394290_245280529_n.jpg

と、ようやく片付いたと思ったら、今度は母が一過性脳虚血発作で倒れて入院。預けていた羽衣セキセイの正男、ローラカナリアのロロを回収。里子が終了して我が家に復活しました。

1069390_622125054499117_429612473_n.jpg

970737_605816162796673_68662661_n.jpg

母の望み、私の望みが一致して、退院後は老人ホームに入居することになり、今度は母の老人ホーム探し。

我が家から近いところを見つけ、ここは広くて快適だったものの、前入居者が退去したばかりでリフォーム前。2週間の繋ぎで、この近くの同系統同人ホームに仮入居(ショートステイ)してもらいました。

その間にニューヨークへ出張。

970392_617418581636431_926159968_n.jpg

1045017_617240368320919_261625121_n.jpg
(ロブスターのシーズン到来!)

帰国したら母がご乱心。

「こんなところは嫌だ。家に帰る、家に帰る」と言う。本入居先の話をしても聞く耳持たず悪態つきまくり。それでも騙し騙して本入居先に運び、現在にいたる・・・といった感じ。

本入居先は38平米(約23畳)もある個室。
入居前に家具など引っ越し。
これが結構大変でした…

946565_619461588098797_1216585610_n.jpg

1010049_619461604765462_1641849030_n.jpg

しかし、母は「家に帰る」の一点張り。

母は88歳。医師から、「認知症軽度の方でも80代後半での独居は難く、ホームへ直ぐに逆戻りする事になります」と言われたので、老人ホームに本人の居場所を作ってもらうために、"自立生活をするための第二段階"と説明はしたものの・・・。

高齢になると新たな人間関係を築くのは難しく、環境の変化に適応出来なくなるため、好きな家族と共に居るか、一人で居るかが気軽と感じるために帰宅願望が出るとは聞いていたけど、まさにそのとおり。

これだけやって、どーすりゃ〜いいんだ?

すっかり、介護ウツになりました。

- - - -
父92歳:老人ホーム
母88歳:(別の)老人ホーム
伯父98歳:終末医療型病院
- - - -

この子達がいてくれて良かった。
かわいいかわいいトリーズ(・∀・)

1009916_605588792819410_2124950725_n.jpg


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

サザナミーズの食事風景

我が家の序列順位1位はサザナミインコのみどりさんデス。荒れ鳥がなんとか手乗りになった低度なので凶暴デス。しかも1番賢いデス。

序列最下位のサザナミインコのコバオさんは、笑っちゃうほど人懐っこくてマイペース。みどりさんに尽くしているけど恩恵はほぼ受けられず。そんな二羽が同居しているケージでは・・・

コバオさんがのんびりと食事中。

P1170997.jpg

私がコバオさんを見ているときが特に…だけど、みどりさんがコバオさんを邪魔しに来ますw

P1170991.jpg

P1180002.jpg

P1180005.jpg

コバオさんを追っ払うと、勝ち誇ったような目をしながらドヤ顔でこちらを見ます・・・こわい(笑)

P1170981.jpg

オカメインコのハルオさんはナルシストなので、そんなサザナミーズには無関心w

P1180008.jpg


コバオさんにお友達が必要かしら・・?
(みどりさんは♂らしいし)


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

ハルオさんの霧吹きプレイ

オカメインコのハルオさん。自ら水浴びをすることはないけど、飼い主に霧吹きされるのは大好き。霧吹きを見せるだけで羽根を広げてワキワキする(笑)。浴室でシャワーされるのも大好きだけど、乾く時間がかかるので冬以外限定。

サザナミインコはシャワーは好きだけど霧吹きは駄目。自分で水浴びしているので手間いらず。

P1170958.jpg

P1170961.jpg

もっと、もっと・・と自ら角度を変えながらおねだり。

P1170969.jpg

P1170967.jpg

飼い主の手が疲れると…

終了。

大満足なのか冠毛がペタンコ☆

P1170972.jpg

羽根がフカフカになって気持ちいい〜


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

諏訪湖の御神渡り

諏訪湖が全面氷結し、マイナス10度以下の日が数日続くと湖面の氷が盛り上がるのが「御神渡り」。1990年以降に出現したのは、1991年・1997年・2003年・2004年・2006年・2008年・2012年(と2013年)のみ。

P1170873.jpg

「諏訪湖を挟んで対岸に分かれて建つ諏訪大社の上社(男神)が、下社(女神)に渡る恋の道」と言われる。諏訪湖の南東から北に2本、南西から東に1本の合計3本が「道」としてせり上がるようだ。神官が御神渡りかどうかを認定する拝観式がある。今年は1月22日に御神渡りが確認された。


諏訪湖を一望できる立石公園からの景色。日の出時間こそマイナス10度だったが、日の出と共に上昇したらしく、全面氷結ではなくなっていた。

P1170846.jpg
(諏訪湖を挟んで左が上社、右が下社)

立石公園からは、下諏訪高浜にある承知川と岡谷川の間、ワカサギ釣りが出来る桟橋(下諏訪港)付近で、うっすらと御神渡りっぽい筋を確認する。

よし!下るぞ!


おお!
あったッ!


P1170908.jpg

なんでもコレは 二之御渡り…というそうです。

P1170902.jpg

御神渡りは気温の上下で氷が膨張・収縮を繰り返すことで起きる自然現象。湖岸から湖岸まで数kmに渡り、最高50cm~1mもの高さで氷の道ができる。

P1170947.jpg

P1170904.jpg

岡谷川に近づくと氷は溶けていた。

P1170937.jpg

翌日は御神渡りは消えてしまったそうな。2月が1番寒いけど3月に近づくに連れ、太陽光がパワーをまして氷を溶かしてしまうため、1月末〜2月上旬以外はみられないとか。


下諏訪港でワカサギ釣り。
絵になるなぁ。。

P1170888.jpg

男神様がいる諏訪退社上社方向をみると、くっきりと富士山が見えたYO!

P1170941_20130131214109.jpg

神々しい…
.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

上諏訪温泉郷「片倉館」

翌日。

ホテルの前に(国指定重要文化財の)温泉共同浴場「片倉館」が建っている。
http://www.katakurakan.or.jp/index.php

P1170838.jpg
(右が温泉大浴場、左が社交や娯楽を目的とした温泉会館)

P1170887.jpg
(温泉大浴場棟)

1928年(昭和3年)竣工の洋風建築。設計は台湾総督府などを担当した森山松之助。蚕糸で財をなした片倉財閥の二代目社長が欧州視察に行った際、チェコのKarlovy Vary(Karlsbad)温泉の温泉大浴場に触発され、帰国後に同族の支援も受けて、地域住民・社員の厚生・社交・娯楽・文化向上のために建てた。諏訪湖の端の岡谷から女工が船にのって入浴しに来ていた。

(2011年に温泉大浴場と温泉会館、これをつなぐ渡廊下の3棟が国の重要文化財に指定された)

P1170879.jpg

1階が男女別大浴場、2階が休憩室と食堂。

P1170882.jpg

入浴料は600円(ホテルに100円引き券あり)。シャンプー類、ドライヤーなど完備。更衣室もレトロというかアンティーク。

P1170881.jpg

浴室は東欧の伝統ある温泉場に似ている。ハンガリーのブダペストにある重厚なゲッレールト温泉(地下にある方)なんかそっくり。レトロなつくり。ステンドグラス、彫刻、広々として明るくて実にイイ。

浴槽は百人くらい入れそうな千人風呂で素材は大理石。男女とも4m×7.5m(20畳)で深さは1.1m、底は黒い玉砂利が敷かれている。縁には2段の段差がある。

102032_1.jpg
(写真撮影禁止なのでパンフレットより転載)

湯はごく普通の特徴の無い弱アルカリ性単純温泉。無色透明、塩素系消毒剤を使っているが無臭。加水・加温・循環ろ過・掛け流し併用とのこと。湯温は41度前後に調節されていて、こころなしか肌がスベスベする感じがする。

出入り口横にラドン泉のジャグジー風呂があるが、建設当初はスチームサウナだったそうな。仕切りがあるので部屋のようになっていて、湯気でもうもうとしている(ここだけ温度調節した源泉掛け流し…らしい。源泉は64.5度)。

長野県諏訪市湖岸通り4-1-9
0266-52-0604
10:00〜21:00(20:00受け付け終了)
第二・第四火曜日休みだが変更有り
600円
慢性関節リューマチ・神経痛・糖尿病・胃腸病など



片倉財閥は片倉工業として存続。


ちかくに諏訪湖間欠泉センターがある。

一時間おきに間欠泉が吹き上げる様はなかなか。昭和58年6月2日に噴出、一回の噴出量720リットル/温度120度/深度850m/吹き上げる高さ50mだが、自噴が止まり湯量は減ってきているそうだ。現在は圧縮空気を送って噴出させている。

敷地内には無料の足湯もある。

P1170871.jpg

無味無臭の湯。


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

上諏訪温泉郷「衣温泉」

1月22〜23日の週末は(左手が使えないのに)、突如思いついて、東京→中央高速道→諏訪湖に行きましたの。

2012年12月2日の笹子トンネルで崩落事故(上り線)以降、初めて通る。事故は無関係の下り線(全長4.7kmの)笹子トンネルを含む約8kmが対面交通になっていた。

P1170816.jpg

笹子トンネルは既報の通り「つり天井板型トンネル」だったが、天井板は撤去しているので天井が妙に高く感じる。

P1170822.jpg

我が家から三時間弱で諏訪湖は上諏訪温泉郷に到着。

急な旅だったのでビジネスホテルに投宿。ホテル近くにある蕎麦処「八洲」に行ってみた。昭和39年には行幸された天皇皇后両陛下に献上された蕎麦を食べるため。
http://www.tamatebako.ne.jp/yashima/

大ざる(1.5枚)で1,300円もするが、これが実に美味。

549996_536370603074563_628884137_n.jpg


腹ごなしに上諏訪温泉郷の中で最高級の泉質と誉れ高い「衣温泉」へ。

上諏訪温泉郷は観光客に開放している温泉は少しで、多くは年間入浴料を払った者のみ入浴できる地元住人専用の温泉共同浴場だったりする。衣温泉は観光客に開放する数少ない温泉共同浴場だ。

P1170829.jpg

住宅街の中にある庶民的な渋い共同浴場。Googleマップがないとたどり着かないような所にあった。別棟の管理人棟で料金200円を払う。簡単な脱衣所は小さめで、女子風呂は地元客が預けてあるシャンプーセットなどがいくつも置いてある。

P1170836.jpg

「湯は緑色?」と思いきや、浴槽内部が緑色のタイルだから緑にみえるが、実際は緑かかった透明の湯。浴槽内は2つに別れているが深いか浅いかの違い。どちらにも源泉が注げるように蛇口がある。

蛇口をひねるとやや粘り気のある熱い温泉が勢いよくが注がれ、ほどよい硫黄臭がする。飲んでみると硫黄の苦みにほのかな塩分を感じる。湖畔にほどちかい我がホテル(ルートイン上諏訪)の大浴場は単純泉だけど、ここは含塩類炭酸泉(アルカリ性低張性高温泉)。分析表の年月日は大正七年!

いちお洗い場があるが、地元客は浴槽から洗面器で湯をすくって洗っていた。ここの湯は未加水・未加温・未消毒で源泉掛け流し。源泉の温度が57度前後なので、源泉蛇口の横にある水道水で湯加減する(実際は源泉が冷めたら源泉を加水するようだ)。自分で湯加減を調整できるのがいい。

P1170837.jpg

柔らかくて上品でほんと、いい湯!
効能は神経痛・筋肉痛・関節痛など。
負傷した左手によさそう☆

湯上がりの私の肌はツルツルでした〜

長野県諏訪市小和田南3-18
0266-52-3431
7:00〜20:30
木曜日休み
200円(石鹸類はなし)
含塩類炭酸泉



※近所にある「大和温泉」はもう少し硫黄がきついとのこと。今度、是非とも行ってみよう。
長野県諏訪市小和田17-5
7:00~22:00
水曜日休み


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

トリ山

ご無沙汰デス。

骨折がわかった翌週、MRI撮影したら「左手首外側の靱帯が損傷してますな」という更なる罰ゲーム。四週間経った今も鈍痛です。でもギブスは取れたのでまだ楽かなぁ。全治2〜3ヶ月だそーです…w

さて飼い主が唸っている間にもトリーズは何事もなく、「遊んで遊んで」攻撃をしかけてきます(笑)ギブスの上に爆弾うんたんを落としたり…

P1170784.jpg

P1170760.jpg

P1170769.jpg

P1170773.jpg

P1170767.jpg

サザナミインコのコバオさんの爪切りをお願いしに、上野のこんぱまるに行きましたが、まだまだおヨメさんは入らないようで。求む!クリアパイドのお嫁さん。

P1170776.jpg

P1170779.jpg

サザナミーズが散々食い散らかした後、豆苗を食べに行くハルオさん。

P1170789.jpg

かわいいなぁ⊂(・∀・)⊃

.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

悪いニュースと良いニュース

あけましておめでとうございます。

年末年始は休暇で(オットと)ビルマに行っていました。

5度目のビルマ行きですが、前回の訪問は2008年末(民主化要求デモを鎮圧された直後で)。1年前の民主化で高層ビルがバンバン建ったとか、そーゆーのはないのですが、車が劇的に綺麗になったことと、ホテル代が1年間で(クオリティー据え置きで)3倍前後の値上がり!が目新しかったデス。

ビルマ国民の仏教徒が厚く信仰する天然石のパゴダを「ち◯ぽ寺」だの「キャン玉寺」だの言っていたら、最終日の経由地バンコクの路上でつま先づいて、両手肘に右膝に左頬を打ち身、両手首をやや捻挫という仏罰を受けましたw

バンコクの路上で転んでから一週間経過。

鈍痛がおさまらないので病院に行ったところ、左手首というか左手甲の薬指下を【骨折】していました。さらにさらに左頬もバッきり【骨折】していました。どーりで捻挫とは違う鈍痛だったわけデス。

P1170754.jpg

ビルマで霊験新たかな天然岩をチ◯ポ寺とか連呼した報いの仏罰。ってことであの寺は強力な霊力がある!というのが、私の身を以って証明されました。

「ち◯ぽ寺」はノアラボー・パヤー(パゴダ)といい、モーラミャインから北へ約20キロ。山麓の村から大型トラックに乗り換え秘境を1時間に行ったところにある。是非、行ってみてくださいw

601938_531410693570554_1805074031_n.jpg

こちらは有名なチャイティーヨー・パヤー(パゴダ)。
こちらは「きゃん玉寺」の方。

46440_527333427311614_333723908_n.jpg


良いニュースとは・・・

えへっ(・∀・)
昨年末に受けた愛玩動物飼養管理士二級試験に合格しました。

P1170753.jpg
(ギリギリのラインだったと思われマス)

これで東京都の動物取扱業に申請出来ます。

ブリーダーもやれるわけですが、我が家のトリーズはどうやら全てオスのようで *.(◎_◎)v メスの予定だったみどりさんはメスなのかオスなのか?未だに全く発情せず。両性具有?

これで販売・保管(ペットホテル等)・貸出し・訓練・展示(動物園等)の全てが取れるのでありますが、実は試験が終わったと同時に学んだ知識を殆どを忘れてしまいました…。ややこしそうな動物取引業の申請だけでアップアップになりそう。脳の退化が著しいのでもはや1級を受けるのは無理と思われますw

まずはホッとしました〜


今年もよろしくお願いいたします。
読者の皆様にとっていい年であるように。


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

愛玩動物飼養管理士2級試験

ai2.jpg
(学習院大学にて)

12月16日、実はヒソーリと「愛玩動物飼養管理士2級」の認定試験を受けていましたの。

「動物取扱責任者」になるための試験。

なんでこの試験をうけようかと思ったこと言えば、サザナミインコの鬼ヨメ(みどり)に婿(コバオ)を迎えたとき、「こりゃ〜繁殖もありかな」と考えたから。

どうやら一般の飼養家(愛玩としてペットを飼っているだけの人)であっても、巣引きした雛をネット上で有償で「里親探しの仲介」や第三者に有償で譲渡する場合などは「動物取扱業者」と見なされ、都道府県の登録が必要となるそうで。

無償でも好意で持ってきていただいた手土産を受け取った事ですら有償になるとか。それならその動物取扱業者になってしまえばいいこと。愛玩動物飼養管理士や家庭動物販売士などになれば、動物取扱業者として「動物取扱業」登録が出来る。

※愛玩動物飼養管理士は「販売」「保管」「貸出し」「訓練」「展示」5業種すべての登録(動物取扱責任者の選任)に有効で獣医師に次ぐ重要な資格。

※「家庭動物販売士」は「販売」「保管」の登録に有効。



・・・って、簡単に考えて4月に日本愛玩動物教会の愛玩動物飼養管理士2級の通信教育受講を申し込んだ次第。費用は試験費用込みで28,000円。

厚めの教材が2冊届き、「あれま〜法則から犬・猫・兎・鳥類・爬虫類・モルモットやフェレットなどの生態飼育まで勉強しなきゃならないのかぁ〜」と知る。鳥以外飼ったことがないからハードルはとても高い。

そして5月から出張が重なり凄く忙しくなった・・・

7〜10月にはスクーリング(公開講座)に参加(丸1日)と課題報告問題の提出もあった。

スクーリング(10月初)の前に課題報告問題を提出することになってしまい、期日ギリギリに初めて教科書を読んで、ほぼ知識なく課題を提出。戻ってきた点数は65点(くらい)。7〜8割で合格らしいので既に落第ww

12月に入り、さすがに「28,000円も払ったんだから勉強しろ」との神の声があって、2〜3日間、スクーリングでもらった薄い本と課題報告問題を中心に突貫勉強。過去問(過去の試験問題集)とか一切ないので(試験問題は即日回収らしい)、とりあえずこの二冊に絞った。

ai1.jpg


でもね・・・


山を張った問題はあんまし出なかった。


うーーーーむ。


ギリギリかギリギリアウトかな。。


合格発表は1月。

ま、いまさら凹んでも仕方ない。
落ちたら、もう受けないと思う。




だって・・・

だって・・・




鬼ヨメのみどりは






実は・・・・




「オス」らしい。

(今夏、獣医から宣告を受けた)



ペット専門学校の学生とかも大勢受験しに来ていたので、会場は大盛況でした。

.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

復活しました!

バタバタ続きでしたがなんとか収束にむかい、このブログも再開!

体調を崩していた鬼ヨメみどりさんも、投薬&暖房効果で復活したようで。

P1160407.jpg

オカメインコのハルオさんに噛まれて穴が開いた嘴の部位。嘴が伸びてきて穴の部分はずいぶんと先っぽになってきました。

P1160392.jpg

マイペースのコバオさん。
相変わらず人懐っこくてかわゆい。

オカパラのジェミーさんのところから婿入りして、いつの間にか1年経過。病気ひとつせず達者で暮らしております。早々に、鬼ヨメみどりの家庭内暴力もサラッと交わす術を身につけ、打たれ強いというか、ひたすら尽くす亭主であります(笑)

P1160396.jpg

オカメインコのハルオさん。

長らくの下痢もすっかり治り、こちらも病気知らず。彼は病気になると「病気になりました。つらい…もう死ぬかも」みたいな態度をとるのでわかりやすいデス。あんまし構ってあげないので、常にアンニュイ☆

P1160403.jpg

鳥のジャングルジムにきちんと棲み分け。

P1160412.jpg

みどりさん、なんでいつも斜に構えているんでしょうね・・



先週の金曜日。

衆院選で隣の選挙区から出馬している山本太郎氏(新党今はひとり)の応援演説に、あの、ジュリーが来るというので見に行ってきました。

黄色のスーツを着せれば日本で1番格好良くてセクシーだったのよね。

5a.jpg
(ジュリーこと、沢田研二。Beforeね)

JR中央線/地下鉄丸ノ内線荻窪駅北口のロータリーにも告知。

1kokuci.jpg


JR荻窪駅北口を出たすぐ脇の狭いスペースで18:00から始まった山本太郎の街頭演説会。

ネット告知も万全、「ジュリー来る」のポスターも貼りまくっていたせいか効果絶大。 人の数が凄まじかった…荻窪駅北口の階段を上ってロータリーを右に出た途端、人だらけ。もともと荻窪駅北口のロータリーを取り巻く歩道幅は広くないのに、そこにいくつものバス停があるから常に混雑している。

近くには大きな会社が2〜3あるし、夜の帰宅ラッシュ時間のそんなところにジュリー(沢田研二)が来たらどうなるか?そんな予測も出来ない山本太郎及び陣営。明らかにジュリー目当ての客はまあまあいて、カメラを持った報道陣が20名くらいが待機している。

背後の歩道は相互通行客で押しくらまんじゅう状態。立錐の余地がない所にベビーカーで突っ込む馬鹿母まで登場して「赤ちゃんがいるんです!」って絶叫していた。

演説は18:00丁度に始まり、山本太郎が1分程何かを話したらジュリーがお立ち台に登場(したらしい)。



大歓声と拍手!



2enzetsu.jpg



右の人、どこのオッサン?


白髪のデブ顔オヤジだし。
作業服?

でも・・声は明らかにジュリー。


声を聞けば聴くほどジュリー本人なんだな。
目の前にいるオッサンデブ。
必死に面影を探してみたが見つからない。


確認するため写真を数枚撮ってみた。
液晶画面をよーくみると・・・


ええええええ~?



ジュリーのAfterだった。


3debu.jpg


あまりの変貌ぶり・・・
大ショックで言葉も出ない・・・

パラシュートを背負っていた格好いいジュリーは何処?
セクシーに歌っていたジュリーは何処?


目の前は本当にジュリー?
知らないオッサンが腹話術しているんじゃない?


脳内が整理出来ないうちに演説はわずか5分間くらいで終わってしまった。ジュリーが何を喋っていたか全然覚えていないし。

その後はプロ市民っぽい人達の応援演説が続き、ジュリーがもう出そうもないとわかると、お帰りになる客多し。その中に私がいたのは言うまでもない。 すんません。


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

忙殺ちぅ

いつもながらご無沙汰しております。

毎度の事ながらバタバタ続きで死にかけてマス。

愚痴になりますがまあ読んでくださいまし。

8月4〜5日:新潟某所(家族サービス)
8月8〜22日:コルシカ&サルデーニャ島(夏休暇)

サザナミインコのみどりさん、体調不良。

P1140040.jpg

レントゲン撮影。
そりゃー激しく抵抗してましたワw

2012090813340000_s.jpg

若干の肝機能障害&糞詰まりで投薬治療。

P1140395.jpg

9月末には完治して元気いっぱい!



8月29〜9月6日:アメリカ(出張)
9月11〜13日:札幌(出張)
9月14〜16日:福島(家族サービス)
9月24〜27日:札幌→韓国釜山→札幌(出張)
10月1日:某資格取得のスクリーング



そして「10月6〜13日:ブータン(出張)」の前日の5日、母が脳梗塞で倒れて入院。出張はキャンセルしてずーーーーっと看病。脳梗塞は軽くすみ、四肢の麻痺はなく失語症のみ。これも今はほとんどOK。

母のところに里子に出ていたローラカナリアのロロ、羽衣セキセイの正男が出戻る。

P1140788.jpg

5羽になり大騒ぎ。

P1140820.jpg

10月15〜17日:札幌(出張)
10月19〜21日:山形・仙台(サッカー)

そして本日(22日)に母が退院。

部屋の掃除してトリーズの世話→朝10時丁度に家を出て野菜など買い込む(母んち用)→そのまま病院に行って退院手続き→そのまま父がアルツハイマーで世話になっているホームへ(見舞い)→母を実家に連れていき片付けを手伝う→帰宅。

1〜2時間仕事をして→荷造りして→21:10発のリムジンにのり羽田空港→1:00発バンコク行きに搭乗。

このバンコクは弾丸1泊3日(出張)

10月27〜29日:中国は青島(オットの視察に同行w)
10月31〜11月5日:アメリカ(出張)


泣くな・・・トリーズよ。


母の愛が「五分の一」になり、ますますアンニュイなハルオ。

P1140830.jpg


年内までバタバタ続きです・・・


頑張れ・・・自分。

.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

サルディーニャ島西海岸ボーザ→アルゲーノ

バルバジア地方オルゴーゾからヌオロに出て高速道路に入る。

目的地は(野心的にも)スペイン・カタルーニャの影響を残す町アルゲーロ。


大きな地図で見る

サルデーニャ島はバルバジア地方以外は平坦なので無理すれば行け行けドンドンが可能。途中に寄りたい町はいくつもあったけど次回、次回!・・と言い聞かす。



ヌオロ→マコメル→ボーザ→アルゲーロと進む。

ヌオロ〜マコメルは平坦というか広大な盆地のような景色。民家はほとんどなく野原なのか放牧地なのかよくわからない。マコメルは地図表記的には大きめの町っぽいし鉄道駅があるので立ち寄ってみたけど肩すかし。

マコメル→ボーザは高速道路ではなく丘陵地帯を抜ける一般道だったが、思いの外、走りやすかった。西海岸の町ボーザまであと少しの集落スーニを過ぎると、海に向かって一気に下るのだが、目の前に・・・

P1050447.jpg

丘の上に城(セッラヴァッレ城 /Serravalle)、その下にパステルカラーな家々!

P1050449.jpg

これがボーザ Bosa という町だった。

セッラヴァッレ城は1112年にトスカーナ系貴族マラスピーナ家 Malaspina の侯爵が築城。その後、サラセン帝国などの襲撃を受け続けたため、14世紀頃から拡大工事を始め、スペインのアラゴン王国封時代に丘の上全体になった(現在の広さ)。だがロンプラによれば、場内には小さな教会があるだけで建物はほとんど廃墟とか。



ボーザで最も有名な建築物は、町から川沿いに2km遡った優れたロマネスク教会の一つ、11〜13世紀に立てられた聖ピエトロ・エクストラ・ムロス教会 Chiesa di San Pietro Extra Múros らしい。聖堂の西側が13世紀/中央が11世紀/東側後陣と鐘塔が12世紀の築造とかで見る価値はあるそうだ。

既に16時半を過ぎていたし時間がないので、残念ながらセッラヴァッレ城とともに割愛して、旧市街の町並みをみることにした。


大きな地図で見る

町の中心地の標高2m!



サルデーニャ島で唯一航行が可能なテーモ川の河口から2km遡ったところにボーザはある。(スペイン北部の)アラゴン領時代に交易で発展した。左岸の倉庫群(サス・コンツァス)は「なめし皮工業」が盛んだった時代の建築物。

P1050455.jpg

町はテーモ川と平行につくられている。

石畳が美しいヴィットリオ・エマヌエレII 通りCorso Vittorio Emanuele II は町のメインストリート。貴族の館が両脇に軒を構えていた。1階は金銀の線細工/珊瑚細工/木彫りなどの手工芸品が製造販売する店が入っている。

P1050456.jpg

石畳は1500年代に敷かれた。

P1050478.jpg

P1050477.jpg

カテドラル Cattedrale

12世紀に最初の教会が建てられ、1809年に大改築した時に後期バロック様式になる(カトリック)。カタラン派のマリア像とイエスの像は16世紀の作品。

8月15日の聖母マリア被昇天の祝日 Ferragosto の日だったため行事に遭遇。聖母マリア被昇天とは「聖母マリアが亡くなるとき、肉体と霊魂を伴って天国にあげられた」とする記念日(のような)こと。

P1050468.jpg

夕方、カテドラルから聖母マリア像(場所によっては絵画)が出され、周囲を1周してからカテドラルに戻る。先頭は司祭ら聖職者だが、後ろの方は蝋燭などを手にした街の人々(信者)が行列をなしてついてくる。

23時〜0時頃に花火が打ち上げられて聖母被昇天祭は終了。
(爆音だけの3発の花火が、花火の終了の合図)

P1050470.jpg

P1050480.jpg

P1050482.jpg

なお毎年8月の第一日曜日、マリア像がボートでテモ川を渡るお祭りが行われる。午前中は河口のボーザ・マリーナにあるサンタマリアデルマーレ教会から大聖堂にマリア像が運ばれ、夕方に再び川を渡ってサンタマリアデルマーレ教会に戻る。

町の中心にある11月広場

P1050453.jpg

ヌラーゲ文化の最盛期の紀元前1000年から紀元前900年頃、フェニキア人はサルデーニャ島にやってきたが、ここボーザも重要な交易港だったようだ(内陸に住むヌラーゲ文明圏と交易を行っていた)。

フェニキア人を通じてヤシやオリーブの栽培、塩生産技術、漁業などを学んだ。島の鉱床を利用して鉄と金に関する知識を与えた。当時は物々交換で行なわれていた交易は、カルタゴ人の時代になり通貨を使用するようになる。8世紀頃はウマイヤ朝(アラブ人)からの継続的な侵略を受け、沿岸地に住む人々は奴隷として売られた時期もあった。

ボーザ。

コンパクトで趣のある城下町。
意外なほどに居心地がいいところだった。



ボサからアルゲーロまでの道は風光明媚な海岸線が続く(行程約45km/1時間)。
海岸線の道路の状態はかなりいい。

残念なことに日暮れ→夜になってしまったので、素晴らしいであろう景色は堪能出来なかった。



目的地アルゲーロは大きな町だった。

ホテルの予約なしに来たけど、観光客だらけで駐車場はもとより旧市街のホテルは全て満室。仕方ないので新市街の海岸沿いのホテルに宿泊。1泊180ユーロ(朝食付き)もしたけど仕方が無い。

ホテルのオヤジに旨い店を聞いて動くのが我々夫婦なのだが、あいにく、ロビーには(ややインテリの)ナイジェリア人従業員しかいなかった。彼は英語使いだけどレストランの知識はなく、知識なしに夜の旧市街に行ってみる。

DSC08663.jpg

旧市街(城塞内)は観光客で大混雑…
聞こえる言葉は少しのスペイン語と大部分はイタリア語。

夜22時となれば、旨い店は閉店準備。ガイドブックで当たりを付けた店には「もう閉店」と軒並み断られる。とりあえず、まあまあかもしれないが、こーゆー非常時でなければ入らんぞ!と思われるレストランに入り(23時閉店をしつこく言われて気分悪しw)、カラスミ系の料理を中心に頼む。

熱々のパイ生地にトマト輪切りやマグロのからすみを削ったもの、アイスクリームなどを載せたもの。

P1050484.jpg

マグロのタルタル。
(からすみを摺り下ろしたものをかけている)

P1050483.jpg

からすみパスタ(2品とも)

P1050486.jpg

P1050485.jpg


どれも旨くねぇ…


唯一、合格だったのは子羊のスネ肉のロースト。

P1050487.jpg

ボーサ産の赤ワインのフルボトル1本を付けて、120ユーロも取られた。
あ〜あ、悪い予感的中。

テイクアウトのピザでも食べていれば良かったよ…w


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★イタリア旅行★
ジャンル : 旅行

サルデーニャ島バルバジア地方2(オルゴーソロのムラーレス)

ガヴォイから山道を進む。


大きな地図で見る

目的地のオルゴーソロ Orgosolo の手前の町、マモイアーダ Mamoiada にもムラーレス(壁画)があった。

第二次大戦後、民主体制の構築に係わった(考え方が社会民主主義政党に非常に近い)イタリア共産党Partito Comunista Italiano, PCI の力が強大(1970年代には第一党に並ぶ勢力)になると「土地の国有化」の話が出る。※PCIは1991年に左翼民主党と改名。

サルデーニャ島のバルバジア地方は岩や石がゴロゴロしているため、耕作には不向きのために豊かではなく、ほとんどが農業と牧畜で生計を営む。体制が代わって国有化の話が出ると羊飼いや農民が激しく抵抗。その怒りを家々や岩などに《ムラーレス》と呼ばれる絵で表現した。

バルバジア地方では現在もムラーレスは描き続けられているが、生活を描いたもの、サルデーニャの伝統を描いたもの、時事・政治問題など視点は変わらず。これが現在では観光客を呼んで「村おこし」にもなっている。



P1050248.jpg

P1050249.jpg

バルバジア地方 Barbagia の人々は第二次大戦戦前までこんな感じだったらしい。

P1050250.jpg

P1050253.jpg

マモイアーダからオルゴーソロまでの道のり。

P1050263.jpg



オルゴーソロ Orgosolo はバルバジア地方の文化的な中心地。

1960年公開の映画"Banditi a Orgosolo"で有名になったが、1980年代までは山賊・盗賊がフツーにいた。

古代ローマ帝国支配時代ですらこの地区は占領に屈しなかったため、未だに独特の慣習が残っている。そんな地域なので今でも地元民の間で争いごとが多い。

オルゴーソロこそムラーレスmurales=壁画の発祥の地という。1975年頃から家々の壁に絵がかかれるようになり、21世紀に入ると世界各地で起きている紛争・貧困などを伝える題材が選ばれている。

1970〜1990年代までは「暗い」画風。
以降、色が鮮やかになり主張がはっきりしている。

P1050265.jpg

P1050266.jpg

P1050268.jpg

P1050271.jpg

P1050272.jpg

P1050273.jpg

P1050274.jpg

P1050277.jpg

P1050281.jpg

P1050282.jpg

P1050288.jpg

P1050290.jpg

P1050295.jpg

P1050297.jpg

P1050301.jpg

P1050303.jpg

P1050305.jpg

P1050306.jpg

P1050307.jpg

P1050310.jpg

オルゴーソロは山の中腹にある集落で、特別に風光明媚でもなく、家々の建築も見るべきものは少ない。

P1050311.jpg

カフェは数件あるがレストランはほとんどない。



P1050312.jpg

P1050316.jpg

P1050317.jpg

P1050321.jpg

P1050327.jpg

P1050329.jpg

P1050330.jpg

P1050332.jpg

P1050334.jpg

P1050336.jpg

P1050337.jpg

P1050339.jpg

P1050342.jpg

P1050346.jpg

P1050347.jpg

P1050352.jpg

P1050355.jpg

P1050357.jpg

P1050360.jpg

P1050362.jpg

P1050363.jpg

P1050365.jpg

P1050366.jpg
P1050367.jpg

P1050372.jpg

P1050374.jpg

P1050375.jpg

P1050377.jpg

P1050378.jpg

P1050382.jpg

P1050385.jpg

P1050386.jpg

P1050389.jpg



オルゴーソロの下の方の地域では祭りをやっていた、ようで。

P1050420.jpg

P1050428.jpg



オルゴーソロのムラーレスで1番有名なのが自然石に描かれたやつ。

撮影時は快晴だったが、これが夕方で曇天だとかなーーりコワイものに見えるそうだ。街中のムラーレスも私達が行った時は、盛夏バカンスの観光客だらけだし快晴だったから何もコワクなかったけど、人通りが少ない薄暗がりだったらコワイんだろうな…

P1050440.jpg

オルゴーソロ〜ヌオロ間、オルゴーソロから約3kmの幹線沿いにある。

P1050433.jpg


※ヌオロ経由で西海岸に向かいます。


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★イタリア旅行★
ジャンル : 旅行

サルデーニャ島バルバジア地方1(バルーミニ〜ガヴォイ)

早朝に美食の都カリアリを出発。

「サルデーニャ島の原点」と言われる島のバルバジア地方 Barbagia(中央部)に向かう。古代ローマ人にラ・バルバジャ=山賊の地/蛮族の地、と言われた場所に行く目的は、ずばり「山の美食」と「ムラーレス Murales =壁絵」ですワ。

バルバジア地方は古代ローマ帝国の支配を最後まで拒んだ地域で、18〜20世紀初までコルシカ島との密貿易や誘拐・略奪行為などで生計をたてていたらしい。あまりの強行犯っぷりにイタリアでは誘拐事件=サリデーニャ人の仕業じゃね?とも言われた。

下の地図で言うと、セルノビ〜テッラルバ〜ヌオロの中の山岳地帯がバルバジア地方。


大きな地図で見る

カリアリから高速道路を経由してバルーミニ Barumini からガヴォイ Gavoi に向かう。

ヴィッラマルという田舎町の近郊を走り抜けようとすると、あらら、家々にムラーレス=壁画が描かれている。ムラーレスと言えばガヴォイよりずっっと先の山奥の集落で、バルバジア地方の中心地オルゴーソロ Orgosolo が発祥の地で有名。芸術的なミラーレスならフォンニ Fonni という町ね。

第二次大戦後、民主体制の構築に係わった(考え方が社会民主主義政党に非常に近い)イタリア共産党Partito Comunista Italiano, PCI の力が強大(1970年代には第一党に並ぶ勢力)になると「土地の国有化」の話が出る。※PCIは1991年に左翼民主党と改名。

サルデーニャ島のバルバジア地方は岩や石がゴロゴロしているため、耕作には不向きのために豊かではなく、ほとんどが農業と牧畜で生計を営む。体制が代わって国有化の話が出ると羊飼いや農民が激しく抵抗。その怒りを家々や岩などに《ムラーレス》と呼ばれる絵で表現した。

バルバジア地方では現在もムラーレスは描き続けられているが、生活を描いたもの、サルデーニャの伝統を描いたもの、時事・政治問題など視点は変わらず。これが現在では観光客を呼んで「村おこし」にもなっている。

こちらはヴィッラマル近郊の集落のムラーレス。

P1050197.jpg

IMG_3555.jpg

P1050191.jpg

P1050196.jpg

P1050199.jpg

P1050203.jpg

IMG_3564.jpg

IMG_3540.jpg

IMG_3551.jpg

絵のサインから1970年代後半〜1980年代前半、2010年前後に描かれたものに大別されていました。

バルバジア地方にはまだ独自の慣習が残っていて、教会には風変わりな偶像とかがあったりする。

IMG_3566.jpg

P1050192.jpg
(盛んに行われていた自然崇拝の偶像かしら?)



大昔の話。

紀元前20世紀頃、東地中海からヌラーゲ人 Nuragheがサルデーニャ島に上陸、生活しはじめたとされる(現在、ヌラーゲ人の子孫が7000人以上存在)。

紀元前2000年〜紀元前250年頃(先史時代)、見晴らしのいい丘の上などに「ヌラーゲ」と呼ばれる、高度な建築術が施された独特の石造りの構造物が全土に約2万基つくられた(大小合わせて約7,000ものヌラーゲが現存)。最も有名なのは世界遺産にも指定されたスー・ヌラージ・ディ・バルーミニだが、そもそもヌラーゲは文書による資料が発見されていないため、未だ謎に包まれたまま。

バルーミニの町を通過するため寄り道してみてみた。

P1050217.jpg
(バルーミニ)

スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ Su Nuraxi di Barumini:ヌラーゲ建築の最盛期である紀元前1500年ごろより建設が開始され、3層のタワーになっている。四角い大きな石を塔の基部から頂点まで手作業で積み上げている。石と石の隙間には形に添った石をはめ込んでズレを防いだ。

P1050213.jpg

サルデーニャ島では様々なタイプの聖域 santuari があったとされ、ここで自然崇拝を行っていたようだ。特に重要なのが井戸のある聖域 tempio a pozzo で行っていたとされる水崇拝。この遺跡にも三角形の階段の下には泉がある。

ヌラーゲの外観は全体的に丸みを帯びているが、輪切りにすると細く狭い通路があって、1人は入れるかどうかの小部屋があるが、その形状や配置は様々。ヌラーゲの周囲に集落があり、人々が家畜と一緒に住んでいたようだ。

ヌラーゲを利用して上に砦を増築して再利用。

P1050215.jpg

大小合わせて約7,000ものヌラーゲが現存しているが、19世紀に決められた土地所有の境界線にヌラーゲの石を使われたり、20世紀に始まる道路網計画で舗装に石を使ったりしたため、保存状態の良いヌラーゲは数少ない。小さいヌラーゲは羊飼い小屋になっていたりする。

P1050589.jpg
(サルデーニャ島北部のヌラーゲ)



ガヴォイ Gavoi


大きな地図で見る

バルバジア地方の中央部に位置し、山岳都市としてはまあまあの規模の町。標高790mの町なので今では夏の避暑地のひとつとして人気がある。かつては馬具の工房が多く、この町から行商人が島中に散ったそうな。今は牧畜で成り立っている。

お勧めのレストラン「サンタ・ルーゲ」はあいにく休みだったため、旧市街にある煙草屋のオヤジに聞いた旨い店 Borello に行ってみた。

IMG_3587.jpg

一見、ただのカフェのようだが、どうしてどうして、スゴイ料理を出す店だった。

P1050231.jpg

P1050230.jpg

P1050236.jpg

P1050237.jpg

P1050239.jpg

P1050233.jpg

P1050242.jpg

P1050244.jpg

ああ・・・・
何を食べても美味しい・・・
ここに1ヶ月間はいたい・・・
素朴で美味しい・・・

ワインも安くて最高に美味しい・・・

ワインのフルボトル1本にデキャンタ1本で総計57ユーロ。


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★イタリア旅行★
ジャンル : 旅行

サルデーニャ島カリアリ5(最後の晩餐)

市場でカラスミをみたら、猛烈に「からすみパスタ」を食べたくなった。

こういう田舎では昼の部/夜の部と明確に分けて営業している店がほとんど。城塞とかで時間を食ってしまい選択肢の店は、観光客用でイマイチそうな店だった。それでもカラスミのパスタはある!というので入店。

IMG_3505.jpg

ところが・・・

この店、旨いじゃないの。

オットが調子にのって頼んだ前菜の数々もなかなかのもの。

P1050150.jpg

P1050151.jpg

P1050159.jpg

念願のカラスミのパスタ!

P1050155.jpg

う、う、う、うま〜☆


カラスミはイタリア語でボッタルガ Bottarga

パスタには摺り下ろして粉末状にして使う。作り方は簡単でペペロンチーノの最後にカラスミの粉末を蒔いて混ぜ合わせるだけ。

イタリアでも酒のツマミにカラスミは出てくる。この場合、薄切りにして出てくるのは日本も台湾も同じ。



夜のカリアリの路地には民族音楽を演奏する楽団がいる。

DSC08588.jpg

DSC08585.jpg

レベル高いッ。しかもチップとか強請らない。



カリアリ最後の夜はホテルのオヤジ推薦の魚系居酒屋にいく。

Sa Schironado
(Su Cumbiduの兄弟店。筋1本をカリアリ駅側に行ったところにあり)



DSC08650.jpg

量が多いとのことで本日も1人前を2人で食べる。

「ワイン?」と聞かれたので、「ワインとビール2本」と頼んだら、テラコッタのカラフェに入った(魚系居酒屋なので)白ワインがドーーーーンと置かれる。

前菜が次から次へと。

この店は予算に応じて5段階のコースがあるようで、でもまだお腹はペコペコではないので品数が少ない1番安いコースにしてみた。

P1050176.jpg

P1050177.jpg

P1050179.jpg

P1050180.jpg

P1050181.jpg

P1050184.jpg

P1050187.jpg

そして主菜。

P1050190.jpg


至福でした。

デザートワインはのんだけど、デザート菓子はキャンセル。

どんだけ食べるんだ?
サルデーニャの人は…( ̄○ ̄;)

白ワインのカラフェ(500ml)3杯に瓶ビール2本も込みで総計42ユーロ。


安ッ!



.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★イタリア旅行★
ジャンル : 旅行

サルデーニャ島カリアリ4(観光)

カリアリ旧市街の丘は、11〜18世紀に支配者ピサ人とアラゴン(スペイン北部カタルーニャ地方周辺)人によって作られた。丘の防御壁に囲まれ、壁の内側には城塞の博物館、カテドラル、見張り塔、古い街並み等がある。

P1050094.jpg

城門の塔に登れる。

IMG_3463.jpg

城塞内の旧市街〜海をみる。

IMG_3459.jpg

P1050122.jpg

海側の門は一際頑丈。

P1050124.jpg
(防御壁内からみた門)

P1050128.jpg
(防御壁外からみた門)

壁内のカテドラル

P1050099.jpg

P1050105.jpg

主祭壇

P1050101.jpg

主祭壇の下に部屋があり、まあこの部屋がゴージャスなこと。

P1050113.jpg

P1050108.jpg



IMG_3481.jpg

城門を出て外周の防御壁を出ると・・

P1050135.jpg

P1050137.jpg

丘の下の旧市街を散歩。

P1050140.jpg

P1050148.jpg

古くから営業しているカフェ。

IMG_3526.jpg

IMG_3525.jpg

IMG_3519.jpg

IMG_3517.jpg
(カフェ・アメリカーノを頼んだら、エスプレッソに熱湯が出てきたよw)

家々の外壁がカラフルなせいか、コルシカ島と違ってとても華やか。
町の感じはシシリア島に似ている。

食事も美味しいし古くからの貿易港だったせいか、人々が皆、明るい(サルデーニャの他地域は概ね寡黙な人が多い)。カリアリ、お気に入りに入れましたッ!


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★イタリア旅行★
ジャンル : 旅行

サルデーニャ島カリアリ3(サンベネット市場の野菜など)

サンベネット市場の2階は野菜、チーズ、肉などの売り場。
気の利いた立ち飲みカフェ、軽食もある。

つかれたのでカフェで(朝から)サルデーニャ島の地ビールをのむ。これは日本のヱビスビールに似ていて美味しい。かなりイケますぜ。しかも大瓶1本2ユーロせず。

P1050054.jpg

振り向けばサルデーニャの人が握る寿司屋がある。テイクアウトもできる。私達が「日本人でーす」と言ったらいきなり緊張する職人(笑)

P1050053.jpg

P1050057.jpg

P1050061.jpg

サルデーニャ産ワイン

P1050064.jpg

ほとんどがサルデーニャ産チーズのチーズ屋。人の人口より羊の数の方が多いらしい。

P1050048.jpg

肉屋

P1050050.jpg

P1040950.jpg

P1050083.jpg

圧巻は野菜売り場。
萎びたものなど一切なし!

P1050074.jpg

P1050079.jpg

P1050067.jpg

P1050088_1.jpg

P1050073.jpg

お?下にエスカルゴ?

P1050071.jpg

そう、カタツムリは野菜売り場か果物売り場で売ってまーす。

P1040947.jpg

カタツムリ(フランス語ではエスカルゴ)はイタリア語では ルマーケ Lumache という。

イタリアの南部ではよく食べる。メロンやトマト、葡萄畑に寄生する虫だから当たり前なのかも。下茹でしてトマトで煮るのが一般的。肝機能を高めたり、疲労回復などの効果がある。

内臓に入っているモノを吐き出すために、ネット(網)に入れて1〜2週間ほど放置する。カタツムリは夏に休眠するがこの時期のモノが美味しいとのこと。実際に食べたけど、味もクセもほとんどなくよくわからん。。。



市場内にカリアリ・カルチョ Cagliari Calcio s.p.a. の旗。

2000年創設のサルデーニャ島カルアリを本拠地とするサッカークラブチームで、2004-05年度からセリエA所属。今年度から本拠地をスタディオ・イス・アレナスにしたが、安全面に問題有りとかで使用不可の決定が下っている。

IMG_3422.jpg

カリアリのマッシモ・チェッリーノ会長は「セリエA屈指の名物会長」で、年間3~4回の監督交代も珍しくないため、セリエAの下位に定着している。サポーターはもはや諦めの境地だそうな。

.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★イタリア旅行★
ジャンル : 旅行

サルデーニャ島カリアリ2(サンベネット市場の魚)

カリアリの要塞の東側の傾斜地にイタリア最大の一般向け市場「サン・ベネット市場」がある(2階建て8,000平方メートルで1957年に完成)。傾斜地なので正面入り口は2階になる。

P1050090_1.jpg

見た目は地味で経年劣化が顕著でつまらない建物だが入って吃驚!

何がスゴイって1階のほとんどが魚市場!
その大半が獲れたて☆

そして写真撮影は自由だし「魚だけではなく俺も撮って」なるモード。魚売り場は笑顔炸裂で如何にもオトコという男前が多い。イタリアの何処よりもイイ!

P1040952.jpg

蟹味噌を生のまま啜る。

P1040956.jpg

P1040963.jpg

P1040967.jpg

P1040968.jpg

IMG_3343.jpg

P1040969.jpg

P1040971.jpg

巨大なカジキマグロ!

P1040973.jpg

スペイン統治時代が長かったためか、塩漬けにした乾し鱈も売っている。

P1040976.jpg

P1040986.jpg

P1040997.jpg

P1050002_1.jpg

サルデーニャ島では伊勢エビも一般的。

P1050012.jpg

P1050013.jpg

P1050014_1.jpg

サメも食べる。

P1050019.jpg

P1050021.jpg

P1050032.jpg

サメの皮は固いので短刀を使って少しずつ切って皮を剥ぐ。

P1050042.jpg

サルデーニャ島といえば「からすみ」

島の西部海岸沿い、オリスターノというやや大きな町の西は大きな汽水湖があり(中心の町はカブラス)、ここがボラの産地(うなぎも獲れる)。ボラ漁は5月〜9月。

獲れたボラは塩水で丸ごと1時間半前後茹でて、そのまま翌日〜3日間程度漬けておく。卵巣を取り出して洗い、乾燥させた水辺の草(ズィーバ)で隙間なく置いて包んで熟成させて10日間ほどで完成。この作り方はフェニキア人からの伝承だそうな。

P1040980.jpg

P1040981.jpg

総菜屋コーナーに行けば、うなぎも売っている。

P1040983.jpg


サルデーニャ島に住みたくなった☆



.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★イタリア旅行★
ジャンル : 旅行

サルデーニャ島カリアリ1

サルデーニャ自治州の州都カリアリ Cagliari(サルデーニャ語:カステドゥ Casteddu)はサルデーニャ島の南部の港町で「城」の意味。


大きな地図で見る

紀元前7世紀頃、サルデーニャ島での貿易植民地の一群の一つとしてフェニキア人がこの町をつくった。当時の名前はカラリス Karalis(古代ギリシャ語:Kalares/ラテン語:Càralis)。天然の良港であるカリアリ湾に面した大きな貿易港は今も活躍中。

ローマ帝国時代は港の重要性からローマ植民地ではなく直轄地ゆえ、島民はローマ市民の権利を得ていた。

ローマ帝国末期にヴァンダル族 Vandal(北アフリカの現在のチュニジアはカルタゴを中心としたヴァンダル王国を建国)の領土となるが、まもなく東ローマ帝国の中の1つの独立国になる。だが北アフリカからムーア人(ベルベル人:イスラーム教徒)が度々責めてきて町は荒廃する。

11世紀にイタリアのピサ共和国が町そのものを再建。だが14世紀にスペインのアラゴン王国が、のちにスペイン帝国の支配下になる。1720年にオーストリアはハプスブルク家の事実上の支配、その後はサヴォイア家 Casa di Savoia のものとなる。ピサ〜スペイン時代につくられた丘の上の防御壁は現存。

1870年代からのイタリア統一運動でカリアリは発展するが、第二次大戦では連合国側からの激しい爆撃を受けた。そんな町だが今は戦争の傷跡はほとんどない。サルデーニャ島の1/3の人口を占める。



カリアリ港に面するローマ通り沿いの旧市街。

P1040938.jpg

海岸沿いに面する建物の下はアーケードになっている。

P1050172.jpg

ちょっとした官庁街。

IMG_3314.jpg

旧市街は1943年の第二次世界大戦下でのカリアリ大空襲で、半数が完全に破壊されたのち再建されている。

それはともかく・・・

夜飯はローマ通りの裏側の下町、通称グルメ街にある肉系の郷土料理居酒屋へ。

P1050171.jpg

Su Cumbidu
Via Napoli, 11/13



そしていきなり「何人分?」と聞かれる。
そうこの店は問答無用のセットメニュー。
量は多めと言うので2人で1人前をたのむ。

DSC08594.jpg
(カウンターは基本的に席待ちの客しかいない)

飲み物はハウスワイン。
何もいわなければテラコッタのカラフェに入った赤ワインがドーーーン。

前菜が紙のようなパンのパーネカラサウ、その上に生ハムやサラミ、最高に美味しいペコリーノチーズが乗ったもの。

パーネカラザウはセモリナ粉の薄焼きパンで、両面焼きや片面焼きなど焼き方にも種類はあるが、今もサルデーニャ島に住む羊飼いの携行主食。カルタ・ダ・ムジカ(楽譜)とも呼ばれ、パリパリの食感がいい。

P1040918.jpg

木を刳り貫いた皿に野菜&茸のマリネ。

P1040923.jpg

ものすごーーーく美味しかったミートボール

DSC08603.jpg

カタツムリのトマトソース煮

P1040925.jpg

パスタ
クルリジョネス、ジャガイモとリコッタを詰めたパスタ…すでに腹が膨れてww

P1040927.jpg

そしてまだ来る来る…肉料理。

マイアリーノ(子豚のロースト)、子牛のロースト、ストゥファースト(シチュー)・・うまい。うまい。美味しい。サイコーに美味しい。しかし…満腹。

P1040935.jpg

食後のデザートは各種一口菓子にデザートワイン。

P1040937.jpg


ワイン2杯おかわりして総合計で32ユーロ!


安ッ!



.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★イタリア旅行★
ジャンル : 旅行

サルデーニャ島サンタテレザ→カリアリ

イタリア領サルデーニャ島(Sardegna)

綴りはサルデーニャ語ではSardigna, Sardinna, Sardinnia /イタリア語ではSardegna/カタルーニャ語ではSardenyaで、地中海ではシチリア島に次ぎ2番目に大きな島。

コルシカ島とはボニファシオ海峡(フランス語:Bouches de Bonifacio、イタリア語:Bocche di Bonifacio、イタリア語読みではボニファーチョ)を挟んで対面している。海峡の幅は11kmしかない。


大きな地図で見る

サルデーニャ島はアフリカ大陸のリビアの対岸にあるため、島最南部の田園地帯にあるデシモマヌー基地は、リビアのカダフィ政権の軍事施設に空爆を続けるNATO軍の出撃拠点となった。この基地だけで一日平均10機がリビア爆撃に飛び立つ。

イタリアの大手媒体は認めていないが、地元では「出撃する爆撃機には劣化ウラン弾が積まれているようだ。地下深くに建設した巨大施設を爆撃するには、固いコンクリートを撃ち抜く弾頭が必要となるためであるから」と認識している。



サルデーニャ島の玄関口はサンタ・テレサ港。
ショボい港だった。

P1050695.jpg
(コルシカ島に戻る際、フェリーから撮影)

港の岩山を挟んで西側はサンタ・テレーザ・ガッルーラという町。ここが小さいながら居心地のいい町だった。比較的新しい町だったけど、食べ物は安くて美味しいしホテル代も安くそれなりに数もあった(サルデーニャもコルシカもホテルが少ない)。

サルデーニャ島からまたコルシカ島に戻らなくてはならないので、ちょっと街中チェック。

正面にコルシカ島が見える。
約11kmしか離れていないからねぇ。

P1040871.jpg

右側の岩山を超えるとサンタテレザ港

P1040879.jpg

P1040878.jpg

ここはホテル代も安く手頃なレストランも多いので人気の町。



サルデーニャ島は中央部のヌオロ〜マコメルより南が山だけで、基本的に起伏に乏しい。

私達のようにフランス(コルシカ島)からレンタカーを持ち込んだ観光客は少ない。欧州人はどっちかの島だけにしか行かないようだ。言葉は近いけど人の行き来はあまりないそうだ。

道路はコルシカ島のアジャクシオ〜ボニファシオ間よりはいい。だが路肩スペースが極端に少ないのと、センターラインをはみ出して走行する地元民が多すぎる。特にカーブではひどかった、こわいのなんの。


大きな地図で見る

サンタテレザ港に戻り、オルビアを目指す(最終目的地は野心的にも南部カリアリ)。

ドライブインのような所で遅い昼食をとる。
全く期待していなかったが大層、美味しかった!

サルデーニャ島では必ず出てくる(紙のように薄いパン)パーネ・カラザウが入ったパンのセット。パーネ・カラザウは羊飼いの携行食。

P1040885.jpg

ジャガイモとタコの和え物。
塩加減、タコのゆで加減、パーーーーファクト!

P1040887.jpg

どのパスタも最高のゆで加減。
ソースは手を掛けていないっぽいが、これが抜群に美味☆

P1040889.jpg

P1040890.jpg

カフェ・アメリカーノ(アメリカンコーヒー:薄いコーヒー)を頼んだら、エスプレッソと湯が出てきた。イタリアに行くと昔はこういう小馬鹿にした出方だったなぁ。懐かしい(苦笑)!

P1040891.jpg

さっすがはイタリア。
コーヒー旨いッス!



オルビア〜カリアリは高速道路(無料)。

P1040893.jpg

オットのリクエストでバルバジア地方 Barbagia 北部の山岳都市ヌオロ Nuoro に立ち寄る。

ヌオロ以南は山岳地帯で、諸国からの侵略を受け続けたサルデーニャにあって、唯一、独自の文化を守り抜いた場所(キリスト教化したが…)。ヌオロはその玄関ということで期待したが、行った時間が夕方ということもあったのだろうが、町は比較的新しく期待はずれ。ホテルもほとんどなかったし。

旧市街とおぼしき場所をさがして散策していると・・

P1040903.jpg

ん?

P1040905.jpg

こ・こ・・これは?

P1040906.jpg

共産主義マークだっ!

イタリア共産党?
(Partito Comunista Italiano, PCI)
1970年代は与党だったっけ。

P1040907.jpg

マルクスの文字が・・・

1970年代、イタリア共産党の綱領からマルクス・レーニン主義やプロレタリア独裁を放棄した(ユーロコミュニズム路線)。そういえば5代目書記長エンリコ・ベルリンゲル Enrico Berlinguer はサルデーニャ島(西北部サッサリ)出身だった。

それゆえに支持者が多いのかな。



高速道路を爆走し、南部の州都カリアリに着いたのは19時半・・・

2泊したカリアリは驚嘆すべく「美食の都」だったのよ〜☆

.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★イタリア旅行★
ジャンル : 旅行

コルシカ島:Bonifacio

コルシカ島2日目
南端のボニファシオ(フランス語:Bonifacio/コルシカ語:Bunifaziu)。

ボニファシオはコルシカ島に南端にあり、ボニファシオ海峡を挟んでイタリア領サルデーニャ島と向かい合っている。ボニファシオにあるボニファシオ湾は幅200m、長さ1.5kmという細長さ。両岸には石灰岩の岩肌が迫る。


大きな地図で見る

湾の外海側は「指状」になっててその先端(湾の出口)には大きな岩山があり、岩山の上は平らになっていて、ここに要塞(旧市街 la Haute Ville)がある。湾から登ってみた。

P1040823.jpg
(要塞の真ん中付近から見たボニファシオ湾)

P1040783.jpg

要塞の岩山はなかなかの景観!

見る角度を変えてみるため、ちょっと登ってみた。

P1040794.jpg
(ボニファシオ湾出口方面をみる)

P1040792.jpg

P1040786.jpg
(Grain de sable:要塞から東側をみる。断崖絶壁が続く)

崖下には大きな洞窟がいくつかあり、要塞の突端の下の洞窟は「青の洞窟」として、波が穏やかな時は洞窟内に観光船が入っていく。



828年、ボニファシオはローマ教皇庁から島の防衛を命じられた(=初代トスカーナ辺境伯)コロンナ家ボニファーチョ2世にちなんだ地名をつけられ、要塞が形作られた。ボニファーチョ2世は難攻不落の要塞(自信の海軍基地)と、トスカーナ辺境伯所有の海軍基地を建設した。

現存するシタデルの大半は、1195年以降のジャノヴァ共和国支配下での建築とされる。その後、数回の修繕(再建含む)がされている。近年まではフランス外人部隊の支部があった。

コルシカ島の町の中では最も見応えがある要塞はここにある。

現在も機能している要塞の入り口。
(車が通る)

P1040797.jpg

P1040800.jpg

要塞内は旧市街。
la Haute Ville(上町)またはvielle villeと呼ばれる。

P1040803.jpg

ナポレオンはフランス軍士官時代、ここに駐留していた。

P1040805.jpg

P1040812.jpg

場所が場所だけに華美な建築物はない。

道路は風の通り道どおり。旧市街の中の道路は狭く城壁際は迷路のようになっている。

P1040821.jpg

気になる喫茶店に入ってみたら・・

P1040819.jpg

すごい景観だった(コワッ!)

P1040816.jpg

教会

P1040830.jpg



昼のフェリーで対岸のイタリア領サルデーニア島にわたる。

P1040837.jpg

ボニファシオ湾を出たところ。
要塞の先端から要塞内の旧市街が見える。

P1040854.jpg
(要塞下のこの洞窟は出入り口の形状から「ナポレオンの帽子」と呼ばれる)



ボニファシオ海峡からみた旧市街

P1040865.jpg

よーくみると「アラゴン階段」が。

1420年につくられた階段。海上からの高さ80mの崖の表面を、斜め45度に掘って187段の階段をつけている。

つくるのを命令したのは(現在のスペインの北東部にあった)アラゴン王国アルフォンソ5世。当時、イタリアのジェノバ共和国やナポリ王国へと軍勢を進めており、その過程の1420年にコルシカ島の(イタリアはジェノヴァの支配下にあった)豪族をボニファシオに追い込んだが、結局、要塞は戦争では陥落しなかった。

P1040857.jpg

サルデーニヤ島とのカーフェリーが行き交う。
1日に5〜8本あり。

P1040868.jpg

普通サイズの乗用車に運転手+助手で70ユーロくらい。
1時間くらいの船旅。



コルシカ島の歴史。

ギリシャの影響を受け、紀元前238年から紀元前3世紀までローマの支配下に置かれたが、5世紀頃にローマ帝国が分裂すると、アフリカ大陸アルジェリア方面等の蛮族(海賊)に襲われコルシカ島は荒廃。11世紀までの約600年間、人々は山岳部に逃げて自給自足の生活をした。こういう事情からコルシカ島には蛮族が信仰するイスラーム教もキリスト教も根付かなかった(暗黒時代という)。

数度の十字軍遠征でヨーロッパからイスラーム勢力が駆逐されると、ローマ教皇庁はコルシカ島でもキリスト教布教するため、イタリアのピサ共和国にコルシカでの領有を認める。ピサの活動は宗教的なものが主だったため、平和な統治期間だったようだ(1077〜1284年)。

1195年、コルシカ島支配を狙うイタリアのジェノヴァ共和国は、ローマ教皇庁とピサ共和国の目が届きにくい島南端のボニファシオを攻略、砦を要塞化する。ピサ共和国の抗議を無視して島内の主な海岸に次々と要塞を築城する。

1284年、ジェノヴァ共和国はピサ共和国を「メロリアの海戦」で滅ぼしてコルシカ島を支配下におく。ローマ教皇庁は「布教活動の確約を宣言」したジェノヴァ共和国の支配を渋々認めたが、コルシカ島民は重税と物価高、徹底した弾圧を受けた。島の有力者は島外に連れ出し、反乱の芽を摘むべく敵性住民は殺戮した。

1724年、サンピエルの指導で10年間に及ぶジェノヴァの圧政に対する反乱が起きる。フランスはサンピエルを支援したものの、ジェノヴァ共和国とあっさり和解したため(カトー・カンブレジス条約)、サンピエルの反乱軍は鎮圧された(サンピエーロの乱/第1次蜂起)。

1729年末、本格的な反乱は徴税を巡るトラブルから山岳地帯コルテから起きた。反乱は小規模なものだったのでジェノヴァ共和国は放置していたが、反乱は次から次へと起きたため、手が付けられないものになった。

コルシカ島の自治組織(12人委員会)は1736年、一介の山師だったケルンのノイホフ家テオドールを「コルシカ国王テオドールⅠ世」として迎え入れた。だが国王は貧しさを嫌って摂政数名を任命して逃亡、ジェノヴァ共和国の抵抗にも遭って2年で退位。皮肉にもこのコルシカ王国は欧州発の立憲君主国家となった。

ナポリ王国に追放されていたパスカル・パオリを将軍として召還。パオリは優れた指導力により島の内陸部からジェノヴァ勢力を駆逐。

1755年、「コルシカの独立宣言」をし、パオリを首班とした独立政府を樹立した(首都はコルテ)。近代国家の原型をつくったパオリは今もバーブ・ヤ・バヂュリア(祖国の父)として崇められている。

一方、借金苦のジェノヴァ共和国は1768年、フランスとの間でヴェルサイユ条約を締結。条約の内容は「フランス軍をコルシカに派兵/コルシカ独立運動を鎮圧したら99年間は島の統治権をフランスに譲る」というもの。フランスはアフリカ大陸への足がかりとしてコルシカの支配を狙っていた。

1769年、進軍したフランス軍の大攻撃により、コルシカ軍は降伏してパオリはイギリスに亡命。フランスはコルシカ島を併合してコルシカ独立戦争(40年戦争/コルシカ革命/第2次蜂起)は終わった。

コルシカ島アジャクシオ出身のナポレオン・ボナパルトの父親は弁護士で、この独立運動に参加していた。だがナポレオンが生まれた頃の父は、宥和政策を行った支配者フランスに迎合し下級貴族の仲間入りした(コルシカ時代の名前:ナポリオーネ・ブオナパルテ)。

フランス革命がおきる。コルシカ島独立運動に参加していた(フランス軍中尉となっていた)ナポレオン・ボナパルトだが、「フランスの騒乱中ならコルシカが独立出来るかも」と考え、国民公会(フランス新政府/フランス革命政府)を容認した。

パオリは国民公会の許可を得てコルシカに帰還したパオリだが、ルイ16世夫妻および一派の処刑など、革命をエスカレートしていく国民公会を次第に嫌った。パオリらは「コルシカ島の英国間接統治」を主張するパオリ派を形成。国民公会容認派のナポレオン(ボナパルト家)と対立した。

1793年、国民公会はパオリに逮捕状を出したが、逆に国民公会に従順なボナパルト一族を島から追放した。彼らはマルセイユに逃げた。ナポレオンはコルシカ独立運動と決別する。

1795年、パオリは英国軍とともにコルシカ島に上陸。「アングロ・コルス王国」を築くが、副王ギルバート・エリオットと対立したため、英国政府の命令で英国に三度目の亡命。

1796年、フランス軍司令官となっていたナポレオン率いるフランス軍のコルシカ島派兵により、島は再びフランス領となる(1807年に英国で死去)。

そのナポレオンは後にフランスの皇帝となるが、1814年の失脚後は「コルシカ人=ナポレオンの同郷者」として脅威と差別の対象になる。

フランスの作家等は文明国フランスとは大きく異なるコルシカ島を、「因習的で野蛮」と書き立てた。このため、コルシカ人は国籍はフランスであってもフランス人ではない、とみなされた。

第二次大戦中、コルシカ島はイタリア軍によって占領される。

フランス本国からの差別もあって、島民の中にはレジスタンスに身を投じる者も少なくなかった。このことにより(フランス領内では)いち早く、1943年には連合軍によって解放された。

戦後のフランス政府はコルシカ島に対して大規模な観光開発や農業開発を進めたが、フランス本土から投資等で入ってきた富裕層、アルジェリアからの再入植者たちが恩恵を受けただけゆえ、1960年代以降は民族主義運動が高まり、固有の言語コルシカ語を公然と使った。

コルシカ解放戦線(FLNC:Front de Liberation Nationale de la Corse)はフランスからの完全独立を求める暴力路線にまで発展したが、1983年にコルシカの要求を受け入れる形でフランス政府がコルシカ議会の開設を認めてからは、そうした独立運動は沈静化しつつある。

だがFLNCは解散命令にもかかわらず現在も非合法活動継続中。別荘が攻撃対象となっる事案が多く、コルシカ資本以外の企業が海のそばにホテルや観光施設が建設が始まると爆破事件が起きたりする。爆発事件は複数回起きるため、巨大ホテル計画は頓挫するそうだ。

近年、経済状態が思わしくないフランスでは、一部の政治家からは「いっそ(維持費にカネがかかる)コルシカ島を独立させたら?」と言い出している。コルシカ島では逆に難色を示していて皮肉な結果に。。



このような経緯からコルシカ島はフランス領だが、固有の言語コルシカ語はかなりイタリア語に近いことから、「フランスよりイタリアに親近感をもつ島」となっている。

実際にコルシカの人と話しても「サルディーニヤの島民とは普通に会話できる。何故なら私達の言葉と近いからね」とのこと。

ナポレオン・ボナパルトはコルシカ島出身者として有名だが、コルシカ島では「父親がコルシカ独立運動に参加した経緯がありながらフランスに迎合して(下級)貴族になり、息子はフランス皇帝になってもコルシカ島の独立を認めなかった」として人気はない。


夏のバカンスで世界各地から旅行者が100万人以上訪れるらしいボニファシオ。

パリス・ヒルトンはここでドラッグで捕まっていました(笑)


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : フランス旅行
ジャンル : 旅行

コルシカ島:Ajaccio→Bonifacio

フランスは南仏マルセイユでオットと合流。

翌朝、コルシカ島はアジャクシオに飛ぶ。

欧州のバカンスシーズンなので日本で予めレンタカーを予約していたのだが、ご覧のような大混雑。予約時(申込時)にかなり細かく個人情報など記入させられるので、オンライン化の今、サッと済むような気がするが長蛇の列はなかなか進まず。

P1040712.jpg

2時間くらいかかってようやく車(オペル)を借りられたw

ko.jpg

アジャクシオはコルシカ島を含むコルス地域圏(コルス地方公共団体)の首府。ナポレオンが生まれた町として有名だが、コルシカ島の独立を阻んだフランスの皇帝に就くも、生い立ち等から「コルシカを裏切った者」と地元民には人気が無い。ダントツ人気は今も独立運動指導者パスカル・パオリ(1725-1807)。

このアジャクシオは帰りに寄るのでとりあえずパスして、一路、南端のボニファシオに向かう。

途中、巨石文明の地(人物の彫塑のある石柱など現存)に寄ったりして港町のプロプリアノで休憩。のんびりとした町で海水浴客がマターリしている。

P1040717.jpg

国道はまた山に入り、サルテーヌ(Sartène/コルシカ語ではSartè)という小さな町で観光。

ここには16世紀初頭の花崗岩でできた建物が要塞のように建っている。16〜18世紀頃まで(地中海を挟んだ北アフリカのアルジェリアの)アルジェ海賊に度々襲撃され、財宝や人々を連れ去った。

P1040744.jpg

P1040726.jpg

P1040725.jpg

P1040735.jpg

町は観光とサルテーヌ産ワインとオリーブで潤っている。

P1040737.jpg
(オリーブ油の店;渋ッ)



サルテーヌから南端のボニファシオまでの道は、まるで南インドのハンピのように巨石がゴロゴロとした山が続く。耕作にはまったく適さないようでほとんど村落はない。

この時期、自然発火で山火事が起きやすいため、消防車が待機しているのをみる。

P1040752.jpg

遠くにサルデーニア島がみえる・・

P1040759.jpg



人気の無いところを延々と走り続けたら、いきなり深い入り江に出た。

ここがボニファシオ(フランス語:Bonifacio、コルシカ語:Bunifaziu)。コルシカ島南端の主要港だが、このボニファシオ湾は幅200m、長さ1.5kmという細長さ。両岸には花崗岩の岩肌が迫る。

P1040762.jpg
(湾の出口方向から湾の奥をみる)

P1040770.jpg
(宿泊したホテルの部屋から湾の出口方向をみる)

湾の出口には大きな岩山がありここに要塞がある。
要塞内が旧市街になる。

P1040764.jpg



探索は明朝にして、夕飯を食べる。

ボニファシオはコルシカでも有数の観光地のため、観光客プライス!

海鮮タルタル(生海鮮のみじん切りをマヨネーズのようなもので和えたもの)。これで24ユーロ!

P1040778.jpg

ロブスターの薄切り。
これで28ユーロ!!

P1040779.jpg

ごった煮のブイヤーベース。
まあまあ美味しかったけど冷凍っぽい。
これで50ユーロ!!!

P1040781.jpg

このブイヤーベースと赤ワインの相性が悪くて、深夜までえらいめに遭ってしまった。まあ、二度味わえたことになるのでいいか(良くない)w


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★フランス旅行★
ジャンル : 旅行

マルセイユ近郊Cassis

マルセイユにずーっといても芸がナイので、マルセイユのMarseille St Charles 駅から近郊列車に乗ってCassis駅まで行ってみた(15~20分)。

駅からは港行きのバスには乗らず、オリーブとブドウ畑を見ながら30分ほど歩く(暑くて暑くてすぐ後悔したw)。

P1040380.jpg

カシの海岸はマルセイユ在住者の海水浴場らしい。

泳げる期間が年間で3週間ほど敷かないので芋の子状態。ここは子連れが多いのでトップレス(おっぱいポロ〜ン)も全裸もいない。

P1040422.jpg

一方、港側にはかわいい家(元漁師宅や船倉庫)が建ち並ぶ。

P1040522.jpg

こういった小さな町での楽しみはワインと食事。

カシは葡萄の産地。
地場産の安くて美味しいワインがある。

P1040400.jpg

オリーブを漬けて何かをまぶしたもの。
これがとてーーーも美味!

P1040402.jpg

目を外にむければカナイユ岬(欧州で最も高い断崖絶壁の岬)がみえる。マターーりのワインを楽しむ。至福☆

P10404060.jpg



お腹が空いてきたので本日のランチ(24ユーロ)を頼んでみた。

Soupe de Poisson(魚のスープ)

P10404050.jpg

うーーーむ、美味しい。
濃厚だ!

次、メイン

P10404110.jpg

うーーーむ、美味しい。

次、デザート

P1040415.jpg

うーーーむ、美味しい。

安いランチではないが質や値段はマルセイユよりはお得かな。
(観光シーズンだから仕方ない)

この店のトイレはちょっと変わっている。

センサーに触れると、便座がくるくる回りだして便座を水洗いする。ただし拭く器具のクオリティが悪いので、便座はびしょびしょに濡れたままだけどw

P10404100.jpg



やることがないので3つのカランク(入り江)巡りの観光船に乗ってみた。

目を見張るほどの絶景ではないが水の透明度は抜群(たくさん魚が泳いでいる)。ま、過大な期待はしていなかったので、これはこれで良し。

P10404390.jpg

P1040484.jpg

P10404580.jpg

P1040469.jpg

P1040503.jpg

カランクの成り立ちとか見所とかのアナウンスは全てフランス語でちんぷんかんぷん。でも説明は地球の歩き方に載っているのでOKかな。クルーズは45分。15ユーロくらい。

港に戻ると夕方を過ぎたためか、だいぶん静かになっていた。

P1040524.jpg



路地裏歩きもなかなかいい。

P1040418.jpg

蝉(cigale)の飾り物。

P1040416.jpg

日本人からすれば蝉は珍しくもなんともないが、フランスの中北部には蝉がいないし、生息している南仏地方でもさほど見かけない(種類も少なく小型で鳴き声は単調)。

プロヴァンス地方では蝉の図柄の布とか飾り物が売られている。

蝉は「幸運/守り神」のシンボルらしい。

へ〜え。


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★フランス旅行★
ジャンル : 旅行

マルセイユでブイヤーベース♬

ご無沙汰しっぱなしでスイマセン!

忘れないうちに(忘れかけているけど)8月のコルシカ島&サルディニア島のバカンスをササッサ…とアップします、今頃だけど。

8月のお盆期間は航空券が異常に高い!
夫婦だと値段は全て2倍になるのでこれは痛い…
なので、妻の私が先にフランスへ行きましたの(えへへ♪)

フランス本土からコルシカ島へ飛ぶ都合上、オットとは南仏マルセイユで待ち合わせ。パリで待っていてもいいけど物価は高いし、この時期に安くて美味しいものにはありつけないので(こういう店はシェフが不在)。

マルセイユは1998年のワールドカップフランス大会で滞在。それなりに観光をしてしまったため、食い道楽に徹することにした。それに暑い…湿気は少ないけど日差しが痛いので、暑いのが苦手な私には観光は不可。

P1040531.jpg
(マルセイユ旧港からノートルダム・ド・ラ・ガルド教会をみる)

ホテルにチェックイン後、まず、旧港東側に行って昼食。事前に何軒かピックアップしていたけど美味しい店は14:00で閉まるところが多い上にやや遠くて、下記の店しかなかった…

伝統的なブイヤーベースの専門店:Restaurant Miramar
12, quai du Port - 13002, Marseille
12:00~14:00、19:15~22:00 日・月曜定休
http://www.bouillabaisse.com



ブイヤーベースは地中海沿岸の漁師が、売れ残りの魚を鍋で煮込んだことから始まったもの。本場といわれるマルセイユにはブイヤベース憲章(La Charte de la bouillabaisse)があり、伝統の味にこだわるレストランが何軒かある。

ブイヤベース憲章は1980年、質と伝統の味を守ろうとするマルセイユのシェフたちによってつくられた。定められた魚から最低4種類は使う/魚は客の前でカットする…などのルールがあるそうな。世界三大スープのひとつ。

前菜(アミューズとシェフからの一品)

ピザ生地にトリュフのスライスをのせたもの。ありがたくいただく。

P1040351.jpg

濃厚な魚のムースに野菜系をのせたもの。
(これは旨い!)

P1040352.jpg

アスパラとオマール海老のクリームスープ
(これはあまりの旨さで仰け反る!)

P1040353.jpg

さてさて、ブイヤーベースの登場。

まず「こんな魚でスープをとりました」と見せにくる(1人前)。本来は生の魚をみせる筈だが、何故か調理済みのやつ。ここで期待値半減だなw

P1040355.jpg

次に具のない魚のスープが出てくる。
マルセイユのブイヤーベースは香り高い。

カリカリのCroûton(フランスパンの薄切りがカリカリになったやつ)に、Rouille(生ニンニク)をすり込み、サフランで着色した伝統的なアイオリ(ニンニク入りマヨネーズ)が添えられているので塗り、スープに入れてスープを吸わせていただく。

カジュアルな店では摺り下ろしチーズも添えられているが、これは邪道(←好きだけど)。

P1040356.jpg

伝統的なブイヤベースには少なくとも4種類の地中海産の魚を入れなくてはならない。一般的なブイヤーベースではカサゴ、アナゴ、ホウボウ、マトウダイなど(季節で代わる)。これに生トマト、じゃがいも、生のフェンネルを加え、ペルノ酒(アニスの香り)を入れて煮る。

最後に先程の魚の身が出てくる。魚の身と骨を分けてくれている。出汁をとったあとの魚なのでパサパサしている。はっきりいって旨くない。じゃがいもは旨いけどw

P1040361.jpg

コーヒーで終了。

P1040362.jpg

美味しい?

・・・と聞かれれば「美味しい」と答えるが、本当に美味しいのは3口目くらいまで。次第に濃厚な味と塩気の強さが際立ってきて飽きてしまう。

ブイヤベースを頼むくらいなら、同じスープを使って出されるSoupe de Poisson(魚のスープ)の方が値段は1/3で済むし、こちらの方が断然いいよ。だってスープに旨みが全部出てしまっているもん。。。

Soupe de Poisson(魚のスープ)で充分さ!



三日目、マルセイユはイフ島で会ったワンホリの女子学生さんとランチ。

P1040560.jpg
(マルセイユ旧港沖合にあるイフ島Château d'If:要塞としてつくられたが1890年まで牢獄になる。ミラボーやサドが投獄されたが、なんといっても1844年に出版されたアレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』の中で主人公のエドモン・ダンテスが収監された場所として有名になった)

ガレー船の倉庫跡。アンティークな本棚&書籍に囲まれた中で食事するプロヴァンス伝統料理を供するレストラン。オサレだわ〜

Les Arcenaulx
Cours Honore d'Estienne d'Orves, 13001 Marseille



P1040647.jpg

女子学生さんは(カジュアルな)ブイヤーベースを頼んだので撮影。魚の具無しスープを省いていきなり魚入りブイヤーベースが出てきたが、これで充分だわ・・・味もいいし☆

P1040652.jpg

なお、私は「魚のスープ」に、プロバンス風の生挽肉の料理。

邪道と言われようが、おろしチーズに生ニンニクを入れ込んだアイオリの組み合わせは最強ですね。うんまい、うんまい。食べ過ぎるとお腹がエライことになるけど。

P1040649.jpg

プロバンス風の生挽肉の料理。生の牛挽肉に玉ネギやケッパー、トマトやハーブ類を入れて練ったもの。意外とパクパクと食べられてしまう。

P1040650.jpg

ワインが進む〜



おまけ。

コルシカ島は南端にある城塞都市ボニファシオで食べた(カジュアルな)ブイヤーベース。

P1040781.jpg

イカも蟹も入った「ごった煮」だが、これはこれで美味しい。でもぼったくりに近い値段の高さだった(五千円近くする)ww


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

テーマ : ★フランス旅行★
ジャンル : 旅行

最近のトリーズ

数日前、夏休暇先のコルシカ島(フランス)とサルディニア島(イタリア)から帰国しました。

飛行機の遅延で乗り継ぎがうまくいかなくて残念ながらロンドン行きは断念。マルセイユで3日間ほどボーッとしながらオットを待ち、島へ渡ったのでありました。詳細は後日アップします〜

P1140008.jpg
(マルセイユ旧港沿いのBarでビールを楽しむ)



トリーズを引き取りに。

帰国する何日か前に東京東部で地震があったようで、オカメのみならずサザナミーズまでパニックを起こし、3羽とも羽を痛めてしまいました。預け先ではほぼ全ての鳥がパニックを起こして大変だったみたいです。

それとは別に、あの野鳥の如く振る舞っているサザナミインコのみどりさんが元気がない・・。羽を逆立てて(膨らましてという感じではナイ)片隅にうずくまっている。嘴も黄色っぽい。羽を痛めていることもあるが、あんまり飛べない。

P1120996.jpg
(Before)

P1140019.jpg
(After)

かかりつけの病院は運悪く夏休暇で休院。ネットで色々探したけど休みの所が多く、やっと見つけた鳥を主に扱う病院に行った。女医がひとりでやっている比較的新しい病院だった。

糞の検査をやってから言われたのが「心臓が悪いんじゃないかな。肝臓かな。レントゲンを撮りたいけど呼吸が荒いので収まってからね。とりあえず抗生物質を出すので飲ませてください」。

うーーーーーーん。

不信感50%

てきとーー感がありすぎる。
そのう検査もしないし。
入院も断るし、でも酸素吸入器購入を薦めるし。

3日間の抗生物質投与を経て、今は放鳥せずに様子見。嘴の黄色は消えて目や羽も精気が出てきた。下の写真はケージ掃除中に脱走したサザナミーズ(今日の様子)。

P1140041.jpg

P1140052.jpg

早く元気にな〜れ〜!



羽を痛めたものの発情期ムンムンのハルオさん。
謎の歌を覚えてきた(笑)

暑いので霧吹きでシュッシュ・・・

P1140051.jpg

あっという間に乾いてふかふか〜

P1140055.jpg

P1140064.jpg

クリアパイドに認定されなかった唯一の灰色の1枚の羽が見えます。

P1140072.jpg

おお!
左の羽、痛そうだ・・・
(もう痛がっていないけど)

P1140075.jpg

P1140076.jpg



そうそう、サザナミインコのコバオさん。
上野こんぱまるで爪切りしました。

何とか独力でやってみたけど巻き爪なので無理だった。
すっかり信頼関係を無くしたのは言うまでも無い(涙)

P1140024.jpg

ぐぇーーーー!

…と叫んでフリーズ(笑)

P1140032.jpg

時々、意識が戻って「ぐぇ!」と唸る。

P1140035.jpg

ものの5分間の早業でした。
素晴らしい〜!

ハルオさんもみどりさんも自分で爪のお手入れしているので爪切りは不要です。



休暇から戻ってきてそんなに日が経たないけど、明日からアメリカ出張です。

ニューメキシコ州アルバカーキーで会議。土日は移動日なのでサンタフェで過ごして、週明けからニューヨークで会議です。何の準備もしていないけど大丈夫なのだろうか?

帰国したら病院へGO!です。


ではでは( ̄^ ̄)ゞ


.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.

夏の休暇♬

相変わらず脳死しそうに可愛いオカメインコのハルオさん。

夕方というか夜、ケージに入らずブランコで爆睡していたところを起こしてパチリ。このあとの機嫌の悪いこと、悪いこと。申し訳ない。

P1120982.jpg

いちお、隠れているつもりのハルオさん。

P1120983.jpg



サザナミーズは相変わらず。

いつもアクティブなみどりさん。
野鳥か?

P1120996.jpg
(このまま10分間くらいジーーッとしていられるのが不思議)

大人しかったコバオさんも・・・

P1130005.jpg

感化されてあちらこちらをワイルドに飛び回り、ニギコロが出来た幼鳥時代が嘘のよう・・

P1120997.jpg
(このまま10分間くらいジーーッとしていられるのが不思議)

でも、基本は、二羽いっしょ。

ケージの裏とか、棚の奥とか、想像もつかないところで遊んでマス。正確にはコバオさんは嫁のみどりさんを追いかけて・・ストーカーのようにつきまとっているだけなんですが(汗)

P1120999.jpg

激暑だった某日、氷袋を置いてみたら、みどりさんはその前で涼みつつ昼寝。コバオさんは氷袋に興味が無く、いつもの「秘密の隠れ家」に嫁を誘おうとしても嫁は動かないのでご機嫌斜め(笑)

P1130019.jpg

ようやく氷袋の前から動いたみどりさん。その横に甲斐甲斐しく尽くす夫のコバオ。写真のポーズは、敵(私)から嫁を守っているわけで・・・

P1130012.jpg

そいや、この夫婦。
子作りの気配が全くなし。。。

みどりさん、男性説が濃厚になってきました



一昨日、トリーズをいつもの小鳥専門のホテル(民宿?)に連れて行きました。飼い主フーフが夏休暇のため、お泊まりです・・。

mi.jpg

連れて行ったら早速、他の鳥と鳴き声で張り合う嫁みどり

さすが!だけど、コバオさんもハルオさんもドン引きYO

ここには約半月ほどの滞在なので(ケージ越しでも)仲良くやっていただきたいと思うのですが、もしかしたら数回のお泊まりで既にみどりさんは「番長」になっていたかもしれません。


「ヲリャーー!戻ってきたわヨ」

「お帰りなさいませ、姐さん!」



・・・みたいな。


飼い主フーフは今回、コルシカ島(フランス)とサルディニア島(イタリア)に行ってきます。ま、私の方がちょっと早く出るので、マルセイユ界隈で「おひとり様をご満悦」です。

でもでも・・・
ロンドン五輪でサッカー女子日本代表(なでしこ)は見事、決勝進出。

決勝戦はWembley Stadium(ロンドン市内)9日19:45〜21:45

・9日のマルセイユ到着が10:00
・パリ→ロンドン間は試合開始時間に間に合う飛行機は無い。
(マルセイユ→パリを飛行機、パリ→ロンドンをeurostarで行く)

これで行かないと無理!
・AF6023 マルセイユ11:30→12:50パリ (ORY)
・パリ北駅15:13→16:40ロンドンSt Pancras駅
(または1時間後のeurostar)

で、11日の夜までにマルセイユに戻ってきて、日本から飛んでくるオットと合流。

なんて計画も密かにあったりして、えへへ。
.
.
.
- - - - - -
☆ランキングに参加しています。
宜しければ、どれかにポチっ(↓)と応援お願いします・゚・(ノд`)・゚・

にほんブログ村 鳥ブログ オカメインコへ にほんブログ村 鳥ブログ サザナミインコへにほんブログ村 鳥ブログ 鳥 多種飼いへ
にほんブログ村 旅行ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ

ぽちっ・・ありがとうございますっ☆

Copyright belongs to Haruko. All rights reserved. This blog may not be translated, quoted, or reprinted, in whole or in part, without prior written permission.
プロフィール

Harukovsky

Author:Harukovsky
我が家の構成員は下記の通り。
●オカメインコ(全体が黄色のEXスーパーヘビーシナモンパールパイド)♂のハルオ。
●サザナミインコ(ノーマル)♀の鬼嫁みどり。
●サザナミインコ(コバルト)♂の婿殿コバオ。
●人間(快楽主義)♂のオット
●人間(放浪主婦)♀の私
- - - -
構成員だった羽衣セキセイ(オパーリンライラック)♂の正男さん、ローラカナリア♂のロロさんは私の実家に出向中。
赤カナリア♂のアカオさんは2011年8月4日に虹の橋へ旅だってしまいました☆

旧ブログ→http://harukovsky.cocolog-nifty.com/blog/

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。